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学生起業から東証マザーズ上場へ  Chatworkの20年の軌跡から学ぶ成長の秘訣
学生起業から東証マザーズ上場へ Chatworkの20年の軌跡から学ぶ成長の秘訣

ジャフコでは、起業家や人事の皆様が悩みながらも挑戦し続けている「人と組織」に関するテーマについて、成長スタートアップの方々をお招きして定期的なセミナーを開催しています。今回は、Chatwork株式会社 取締役副社長COOの山口勝幸氏をお迎えし、創業から現在までに乗り越えてきた数々の壁についてお話しいただきました。

【登壇者プロフィール】(敬称略)
Chatwork株式会社 取締役副社長COO 山口 勝幸(やまぐち・まさゆき)
SI・制作会社勤務を経て、ITサービス提供事業会社でサービスと組織マネージメントに従事。2008年にChatworkに入社後、常務取締役に就任。2016年にCMOChief Marketing Officer)としてビジネス部門の統括に就いた後、20193月、取締役副社長COOに就任。マーケティング、セールス、事業開発などの部門を統括する最高執行責任者としてビジネス本部を管掌。

<ファシリテーター>
ジャフコ グループ株式会社 金沢 慎太郎(かなざわ・しんたろう)
株式会社ワークスアプリケーションズに入社。2017年にエッグフォワードに参画し、執行役員に就任し、多数企業における組織課題・人材課題に取り組んできた。現在はジャフコにて、投資先のバリューアップを行うべく、スタートアップの組織・人材開発支援に従事。

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【創業期】「夢中で働く」組織から、「社員満足を追求する」組織へ

山口 弊社は、大学生だった山本敏行・正喜兄弟が2000年に創業したITベンチャー。私は従業員がまだ12人だった2008年にジョインしました。ジャフコさんから投資いただき2019年に無事上場できましたが、この20年は波乱万丈な道のりでした。まだ発展途上で"絶賛乗り越え中"ですが、これまでの20年を「創業期」「停滞期」「成長期」「第2創業期」に分けて、各フェーズで得られた気づきを共有させていただければと思います。

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まず創業期。現在のメインサービスであるビジネスチャットサービス『Chatwork』は創業から11年後に生まれたもので、創業事業は「検索エンジン登録代行」でした。当時はディレクトリ検索全盛期で、弊社は業界の常識を破る価格で参入し大成功。しかしその後、SEOの進化とともに成長が鈍化し、第2の柱としてソフトウェア販売事業をスタートしました。

当時は「自分たちがほしいもの」を創るプロダクトアウト。マーケットインのノウハウがないスタートアップは、プロダクトアウトでもニッチ市場なら獲得できる可能性があります。また、申し込みから解約まで自動化して「自動販売機」型にし、運用コストをかけずその分を開発にあてていたのも、創業期ならではのやり方でした。

学生起業だったので最初はみんな仕事に夢中で、深夜まで休みなく働くのが当たり前。でも次第に社員間で温度差ができるようになり、危機感を覚えた山本兄弟は、経営塾に通って経営者1000人に話を聞きました。すると共通して出てきたのが「従業員を大切にしている」「みんなが笑顔でなければいいサービスはつくれない」という言葉。それがきっかけで経営理念を策定し、社員満足度をKPIにして、人と仕組みに投資する経営へシフトしました。


【停滞期】事業・組織の低迷、そしてChatwork誕生へ

山口 その後やってきた停滞期は45年続きました。検索エンジンの進化により、主力だった集客支援事業が低迷し、ソフトウェア販売事業だよりの売上構成に。新たな柱となる自社事業を創ろうと模索するものの、なかなか立ち上がらず大苦戦を強いられました。採用は完全ストップし、社員も徐々に減少。「会社のビジョン・戦略がわからない」「評価制度が不明確」といった組織課題も一気に噴出してきたのです。

組織改善に投資すべく実践したのが、リンクアンドモチベーションの組織診断プログラム。社員からの回答を「期待度」と「満足度」の2軸でマトリックス状に整理するものです。その中でも「期待度は高いのに満足度が低い」に分類された項目の課題解決に徹底的に取り組みました。

結果、リンクアンドモチベーションのサーベイで2年連続「社員満足度日本一」を獲得できるまでに。事業が不調でも、社員満足を実現できるマネージメントを追求することで温かい組織を作れるということを証明できました。

その後、事業面でも大きな転機が。『Chatwork』の誕生です。生みの親は、現社長であり当時CTOだった、弟の山本正喜。当時、私たちが最もお世話になっていたITツールは「チャット」だったので、Web技術でチャットが開発できるようになったという技術的ブレークスルーも追い風となり、「理想のビジネスチャットをクラウドで提供しよう」というアイデアに行き着いたのです。

最初は社内ツールでしたが、周囲から「ほしい!」という声が多く、20113月に正式なプロダクトとしてリリース。同年6月に『LINE』がリリースされ、チャットブームの波に乗れたことも大きかったですね。事業・組織ともに、個人事業からベンチャーへと成長を遂げられたフェーズでした。


【成長期①】初の資金調達で得た学び

山口 最初の大きな決断は、VCからの資金調達。実は、創業期に策定した「しないこと14箇条」の中で、「株式公開しない」「他人の資本を入れない」と明言していたのですが、それを撤回しての決断でした。

というのも、『Chatwork』のユーザー数は想定以上に急増しており、システムダウンが頻発。維持で手一杯のため新機能開発の余裕がありませんでした。さらに営業部門もなかったので、「説明に来てほしい」というお問い合わせもお断りせざるを得ない状態。競合も増えてきており、お客様を落胆させないためにはマイペースにやっている場合ではない、と覚悟を決めたのです。

2015年にシリーズA3億円を調達。資金調達してチャレンジしたことは「セールス&マーケティングの確立」「システムアーキテクチャの刷新」「グローバルへの進出」の3つです。

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ただ、大きなお金を使い慣れていないゆえの問題が。調達した資金を使う人がそもそもいなかったため、あらゆる職種を次々と採用してアクセルを急速に踏んでいたら、あっという間に資金が底をついてしまったのです。すぐにシリーズBを準備し、2016年に15億円を調達。着金を確認できた瞬間、担当マネージャーは安堵で泣き崩れていました...。

資金調達には36ヶ月かかるため、バーンレートを把握し、調達資金が半分を切ったら次を考えるべきでした。また、調達の間は経営者が毎日のように資金繰りに奔走するため、他のことに手が回らない状態。社員が自らの予算管理能力を客観視し、計画的に資金を使うことの重要性を痛感しましたね。


【成長期②】数々の組織課題を乗り越え、東証マザーズ上場

山口 資金調達前は30人ほどだった組織が、1年で倍に、2年目には80人になり、それまでのマネジメントスタイルはまったく通用しなくなりました。社長のトップダウンでは限界になり、意思決定プロセスが定まっていないところに、中途入社の社員が前職の成功体験やツールをそれぞれ持ち込むような状態に。主導権争いなどの軋轢が生じ、部署の崩壊や幹部の離脱などまさに"カオス"でした。

しかし、この問題に手っ取り早い解決策はありません。急成長に伴い避けて通れない痛みと覚悟し、仕組み化を進めるのみ。そうして地道に改善を進めていたあるとき、創業社長である兄の山本敏行が突然辞任したのです。

実は、社長は2012年からシリコンバレーに渡り、グローバル進出を自ら牽引していました。アメリカでは苦戦を強いられ、その後アジアに注力することになったものの、社長はアメリカに移住したまま。自社との距離の遠さや、心身の調子を崩してしまったこと、01が得意な起業家タイプに成長フェーズは合わなかったこと等が要因となり、弟の正喜に社長を任せる決断をしたのでした。

社長は太陽のような存在で、正喜も私も大好きでしたので非常にショッキングでしたが、それ以上に会社が危機的状況に。

資金調達し、高いバリュエーションがついている会社から創業社長が突然辞任することになれば、株主間の契約違反となってしまいます。そこで株主と話し合い、新社長体制でも成長を維持できることを論理的に説明して、新体制で上場に臨むことになりました。

もともとのフリーミアムモデルと、資金調達後に確立したセールスモデルとのWエンジンで、業績は2次曲線状に拡大。新社長が経営に専念できるよう私が全事業を引き受け、組織に対しては、経営の透明化や心理的安全性の担保を徹底しました。そして社長交代から約1年後の2019年、東証マザーズに上場。その頃には社員数は90人を超えていました。

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※資金調達から上場までの記事はこちら


【第2創業期】異次元レベルでの成長に向けて

山口 上場後は当然ながら、それまでの延長ではなく異次元レベルでの成長が必要。もっと戦略的で、かつもっと強力なオペレーション力が求められていましたが、当時の弊社には未知の領域でした。そこで、以前から私が長年追い求めていた豊富な経験を持つ人物に、執行役員CSO兼ビジネス本部長として来てもらうことに。

CSOは「捨てる」ことに躊躇せずドラスティックに舵切りできる人物で、フィールドセールスを縮小してインサイドセールスに集中するなど大胆な改革に踏み切りました。既存事業のみならず、新規事業のための事業開発やM&A推進、幹部候補となる新卒の採用スキーム確立なども実現。これまでになかった成長戦略を描き、かつ柱となる部門や新部門に上場企業執行役員経験者を採用・配置して、実行力も高めることに成功しました。

さらなる成長に向けて企業を大改革するには、経営層も現場も「今いる人でなんとかする」のではなく「やったことのある人を採用する」のが不可欠。組織規模が大きくなるとコストがかかってしまいますが、200人くらいまでであれば、「やりたい戦略を描く」→「やったことのある人を採用」→「権限委譲」というプロセスがすべてなのではないかと思います。


組織拡大の中でぶつかる3つの壁

山口 創業からの軌跡をお話ししてきましたが、組織拡大の中でぶつかる壁は大きく3つあると考えています。「方向性の壁」「情報の壁」「心の壁」です。

「方向性の壁」を乗り越えるには、会社が何のために・どこに・どのように向かっていくかを定義するために、ミッション・ビジョン・バリュー(MVV)を整えることが重要。弊社でも社長交代時にMVVを再定義しました。また、CSOが描く戦略をクォーターごとに合宿形式で共有。経営層からではなく各部門のマネージャーからプレゼンさせ、社員からは匿名で質問を受けつけてしっかり腹落ちさせることを心がけています。

「情報の壁」を乗り越えるには、メンバーが増えても伝言ゲームを成立させるために、「情報循環経路」となる会議体を整えることが重要。心臓である「経営会議」、動脈である「部署の定例会議」、静脈である「1on1」を整備し、血行を促進するイメージです。対面・電話・ビデオ通話などの同期コミュニケーションでは「意識」を共有し、チャット・メール等の非同期コミュニケーションでは「情報」を共有するといった使い分けも大切です。

「心の壁」を乗り越えるには、想いを共有することが重要。受注者をグループチャットで讃え合うなどの共感・安心できる場づくり、みんなで同じ時間を共有できるイベント開催、テーマを決めてのディスカッションやランチトーク等です。

先が見えない不安を抱え、みんなが繋がりを求めている今の時代。「質」を担保できる同期コミュニケーションと「量」を担保できる非同期コミュニケーションのハイブリッドにより、コミュニケーションの総量を増やすことが、チームを強くするのではないでしょうか。

※「withコロナ時代」の働き方についての記事はこちら


さまざまな試練を乗り越えてきた弊社がみなさんに一番伝えたいことは、可能性は無限大で、超えられない壁はないということ。自社が大切にしていることに誠実であり続け、決して逃げない覚悟を持っていれば、たとえスター経営者でなくてもチャンスは無限大に広がっています。


金沢 
貴重なお話をありがとうございました。最後に、良い人材を採用するポイントがあればお聞きできますでしょうか。


山口 
「社会を変えていきたい」という強い想いをしっかり伝えることでしょうか。弊社は戦略的には様々な課題がありましたが、やりたい未来は明確でした。「これをやり遂げるとすごく楽しい未来が待っている」ということをお話しできたのは良かったと思っています。採用したい人のレベルが高く自社のステージに見合わない場合は、自社がそのステージまで成長できてからアプローチするのも秘訣です。


金沢 
御社は上場の半年前まで人事部門がなく、経営者自らが採用を行っていたと伺いましたが、人事任せにせず自ら採用に向き合ったことで、社員満足度の高い今の文化がつくられたともいえるかもしれませんね。

今回はChatwork株式会社から取締役副社長COOの山口さんをお迎えしてお送りしました。今後も起業家や人事の皆様が悩みながらも挑戦し続けている「人と組織」に関するテーマについて、成長中のスタートアップの方々をお招きして定期的なセミナーを開催していきますので、よろしくお願いいたします。