2025年7月10日(木)、ジャフコはシード起業家向けカンファレンス「JAFCO SEED 2025」をベルサール御成門タワーで開催しました。
「シード起業家や起業を志す人が、さらにチャレンジしやすい環境をつくりたい」。そんな想いのもと初開催された昨年に続き、今年も200名以上が参加する盛況イベントに。国内外の注目領域について議論するセッション、シード起業家によるピッチコンテスト、大手事業会社やエンジェル投資家と交流できるミートアッププログラムが行われました。
イベントレポート前編では、「生成AIスタートアップの市場戦略」「事業拡大の新潮流"ロールアップ戦略"」「コンテンツビジネスのスタートアップの参入機会」をテーマにした3つのセッションの様子を紹介します。
【セッション1】生成AIスタートアップの市場戦略
最初のセッションでは、AIスタートアップに携わる3名が登場。ディープラーニングの研究開発を行うPreferred Networksの堅山さん、AIエージェント事業を行うsecondz digitalの板井さん、DeNAでAI関連の投資責任者を務める住吉さんに加え、モデレーターとしてジャフコの棚橋が参加しました。
■大企業向け生成AIマーケットの状況
東京大学大学院工学系研究科の博士号を持つPreferred Networksの堅山さんは、近年の生成AIの技術的進化について、「ローカルLLMでも処理できる賢さが備わってきているので、機密性の高いデータはオンプレミスで使うなど、大企業でもAIを活用できるようになってきている」と解説。
一方、主に大企業に向けてAIエージェントの開発導入を行うsecondz digitalの板井さんによれば、「大企業の一部がようやくAIエージェントを導入し始めている状況。導入度合いは業種により差があり、生産性にも差が出てきている。弁護士業界などではコンテキストエンジニアリングを実践しているケースもあるが、現状はそれより前段階の単純な調査や分析の方がニーズがある」とのこと。
secondz digital株式会社 板井龍也さん
DeNAの住吉さんは、自身も大企業で働く立場から、「当社の場合は職種により利用実態が違う。エンジニアは100%使っているし、検索をたくさん使う部署などはDeep Researchを使ったりしているが、その他は個別に試行錯誤しながら導入している状態。ワークフロー系も組み込みが意外と大変」と実情を語りました。
■生成AI導入が進む企業・進まない企業
ジャフコ 棚橋昂大
実際にAI導入が進む企業と進まない企業の違いについて棚橋が問うと、住吉さんは「エンジニアリングリテラシーを持っているチームがあることは大事。その上で、AI導入によりコストがどれくらい圧縮され、アップサイドをどれくらい作れるかが明確に見えている企業は導入が進みやすい」と回答。
板井さんは、「日々進化する"AI技術"と"AIが対応可能なタスク"の交差点をきちんと認識していることが重要。発言力のあるエース部署が実際に使って盛り上がっていると、全社に普及しやすいという側面も。少人数のチームからでもいいので、まずは使ってみて"わかる"状態にするとその先に進みやすい」と話しました。
また、堅山さんの「情報セキュリティポリシーがAI導入上の課題になっている会社も多い」という意見を受け、板井さんから「セキュリティやデータガバナンスを一旦度外視して枠組みを作り、あとで配合するやり方を顧客にご提案することもある」と解決策の例が挙がるシーンもありました。
株式会社Preferred Networks 堅山耀太郎さん
■最近気になるホットトピック
最後のパートで話されたのは、3名が関心を寄せている生成AIのトピックについて。板井さんは「AI検索」を挙げ、「企業が導入サービスを比較検討する際の方法が、"ググる"から"ChatGPTに聞く"に変わってきている。SEOではなくAIO(AI Optimization)やAEO(Answer Engine Optimization)を意識する必要性が高まってきている」と話しました。
堅山さんが挙げたのは、Open AIが採用したことで話題の職種「Forward Deployed Engineer」。FDEとは、顧客企業に深く入り込み、顧客ごとに最適化したAIソリューションを構築するプロフェッショナル。「Open AIのモデルが十分に賢くなり、インテグレーションが全てのフェーズに突入したからこそ始めたこと。これはOpen AIがアクセンチュアのようになっていく世界観でもあり、スタートアップ界へのインプリケーションをすごく感じる」と、Open AIやAIスタートアップの動向についての印象を語りました。
住吉さんは、新規事業創出に携わる中で「人とデータの関係性」にずっと関心を持っていると話し、「AIサービスを使えば使うほどサービスが自分を学習してくれて、データの質が上がり、さらに自分のことを理解してくれる。そういう体験がどんどん回っていく構造が前提になっているプロダクトほど、これからのマーケットでは強くなっていくだろう」と推察しました。
DeNA 住吉政一郎さん
【セッション2】事業拡大の新潮流"ロールアップ戦略"
続くセッション第2弾のテーマは、同業界の小規模企業を複数社買収して成長を目指す「ロールアップ戦略」について。タクシー会社のM&Aで事業を拡大するモビリティスタートアップ・newmoの宮崎さん、「共創型M&A」を通じてブランドの成長支援を手がけるMOON-Xの長谷川さん、そしてモデレーターとしてジャフコの田中が登壇しました。
■バズワード化している「ロールアップ」の実態
ジャフコ 田中友基
まず田中が二人へ問いかけたのは、「ロールアップ」「M&A」がバズワード化している昨今の潮流についてどう感じているか。長谷川さんは、「"M&Aは究極の成長戦略"とよく言われるが、本当にその通りだと噛み締めている。ビジネス成長や組織の活力に与えるインパクトが爆発的に大きい。一方で、成功させるための難易度も究極。M&Aでジョインする社員やその家族の人生も背負わなければならない」と率直な印象を述べました。
MOON-X株式会社 長谷川晋さん
宮崎さんは、3社のM&Aで大阪3位規模(2025年7月現在)のタクシー会社へ成長したnewmoの実績を紹介しながら、「やっていることはかなり泥臭い。1社目は何もわからない状態で買収し、2社目は利益を出せる金額で買収し試行錯誤を繰り返しながら経営改善を実行し、3社目はM&A後の経営改善まで見据えて買収して計画通りに実行できた。一つひとつ丁寧に結果を積み重ねてM&Aの成功確度を高めていくことが重要」と実態を語りました。
newmo株式会社 宮崎聡さん
■「自社プロダクトを伸ばす戦略」と「ロールアップ戦略」の違い
これまでにサイバーエージェントやコンテンツスタートアップを経験している宮崎さんは、「前者は、プロダクトやマーケットが良くても市場に出すタイミングなどで成長率や成功確率が変わってくるので、ボラティリティは高いと言える。一方でロールアップは、その業界の構造を理解して改善ポイントを一つひとつ丁寧に実行していけば確実に結果につながる」と回答。
M&Aを重要な経営戦略に据える企業を何社も経験してきた長谷川さんは、「両者は対比すべきではなくセット。M&Aはディールクローズがゴールではなく、そこからどれだけ成長させられるかが重要だから。世の中には"Buy or Build"という言葉があるが、当社では"Buy and Build"。M&Aした上で新製品やイノベーションを創出してカテゴリー拡張し、継続的な成長を遂げていくのが自然」と持論を述べました。
また、小規模企業を複数社買収することと、大規模企業を1社買収することの違いについては、「規模に関わらずやるべきことは同じ。ただし、M&A後のスケーラビリティを見ることは重視している」と長谷川さん。宮崎さんは「やることは同じだが、買収先の所有する事業所数やタクシー台数、土地の有無などで、M&A後の打ち手やビフォーアフターの変化値が大きく変わる」と話しました。
■参加者からの質問タイム
セッション後半は、イベント参加者と登壇者二人による質疑応答タイムに。
「自社の成長のうち、"買収による成長"と"買収先のバリューアップによる成長"の割合はどれくらいか。また理想の割合は」という質問に対し、長谷川さんは「正解はないと思うが、当社の場合はM&A後に既存事業として成長する割合の方が圧倒的に高い。M&A時に、ジョインしてくれるオーナーや社員の皆さんにどんなストーリーを語って期待値設定をするのか次第だと思う」と回答しました。
また、AIでデューデリジェンスを効率化するスタートアップ経営者からの「事業を伸ばすためのデューデリジェンス方法について、業界ごとに勝ちパターンなどはあるのか」という質問に対しては、宮崎さんから「事業領域によっても違うし、同じタクシー業界内でも事業の伸ばし方は色々ある。当社の場合は採用強化により稼働率を引き上げるということと、社内のDXチームを通して、DXを通じた工数削減や省人化による事業成長というアプローチ方法をとっているが、企業の状況によってアプローチの手法も変わってくるだろう」と回答がありました。
【セッション3】コンテンツビジネスのスタートアップの参入機会
最後のセッションでは、テレビアニメ『チェンソーマン』の監督を務め、2023年にコンテンツスタジオ・Andraftを設立した中山さん、『テイコウペンギン』をはじめとするIPコンテンツの企画・制作・ビジネス展開を行うPlottの奥野さんが登壇。モデレーターを務めたジャフコの白川と共に、コンテンツビジネスの動向や参入機会について議論しました。
■ゼロからコンテンツビジネスを立ち上げるには
まずは、ゼロからコンテンツビジネスで起業する際の事業立ち上げのポイントについて、白川から質問がありました。
学生時代からVTuberやゲームの企画プロデュースを手がけ、現在はショートアニメ事業で会社を成長させている奥野さんは、「大きく分けて2パターンある。1つは、市場の黎明期だからこそコンテンツを安く大量に作って実績を増やすパターン。もう1つは、他社からのクライアントワークで参入し、時代が来たら改めて自分たちのお金で勝負するパターン。当社は前者だった」と創業当時を振り返りました。
株式会社Plott 奥野翔太さん
アニメクリエイターから起業家としてコンテンツビジネスに参入した中山さんは、「市場規模拡大や海外進出などアニメ業界にビジネスチャンスが訪れている一方、従来のアニメ制作会社は"町工場"のようなイメージ。個人的にはそれもいいと思っているが、AIの発達や視聴者が求めるクオリティの向上という時代の流れがある中で、より良い作品を生み出すためには、革新的で柔軟な組織をつくらなければいけないと思った」と起業経緯を語りました。
株式会社Andraft 中山竜さん
■コンテンツビジネスで成功するためのヒント
「コンテンツビジネスの成功には"ビッグIPといかに関わるか"も重要だと思うが、新興コンテンツ企業にそうしたチャンスは増えていると感じるか」という白川の問いに対し、中山さんは「起業後数年で劇場作品を手がけた会社の例もあるが、共通しているのは代表が実績のあるクリエイターだということ。また、そうした仕事は完成まで時間もコストもかかる"ハイリスク・ハイリターン"だが、まずは"ローリスク・ミドルリターン"の受託案件で土台を固めてタイミングを窺うやり方も大いにあると思う」とコメント。
また、「作り手側のパワーがコンテンツ業界内で強まっている昨今、製作委員会出資比率を大きく取ることで儲かる会社も増えてきていると思うが、スタートアップがパワーのあるクリエイターを巻き込んで業界に参入するというチャンスもあるのでは」と問われた奥野さんは、「すごくあると思う」と答えた上で、以前中山さんがVTuberプラットフォームのスタートアップとコラボした例を紹介。その経緯について中山さんは「最初はクリエイターとして発注いただいたが、お話しするうちにビジネス文脈で関わらせていただくことになった」と説明しました。
ジャフコ 白川亜祐旭
■コンテンツビジネスに挑むシード起業家への期待
シード起業家の皆さんへのメッセージとして、奥野さんからは「エンタメ領域は3〜5年周期でブームが変わる。全部やってみることが個人的には大事だと思う。シード段階では、インフラが整っているところにコンテンツを出していくのが基本になるので、資本をかけずに色々な挑戦ができる。たくさんチャレンジしてほしい」、中山さんからは「アニメ業界はそこまで流れが速いわけではないが、そこに胡座をかかず、常に新しい技術を取り入れながら機動的に挑戦してほしい。自分より知見のある人たちから学ぶことも重要」とコメントがありました。
最後に白川は、「コンテンツスタートアップは今後まだまだ出てくる。今、最も熱い領域だとも思っている。市場が立ち上がってユーザーがついてくるスピードは意外と遅いので、例えばAIでのアニメ制作はまだ不可能だと思っていても、実はすでに芽吹いていたりする。起業家や事業会社の皆さんには引き続き挑戦や注目をしてほしい」とセッションを締めくくりました。
また、セッションステージとは別にMeet UP会場が設けられ、そこでは大手事業会社やエンジェル投資家とシード起業家が積極的にコミュニケーションを取る様子も。Meet UP会場の入り口には展示スペースも設置されていました。
後編では、シードスタートアップ5社によるピッチコンテストの様子をお届けします。