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大学発スタートアップのIPOへの挑戦。逆風を追い風に変えてきた15年の道のり
大学発スタートアップのIPOへの挑戦。逆風を追い風に変えてきた15年の道のり

起業家とジャフコの出会いから上場までの軌跡を紐解く「IPO STORY」。見事に上場を掴み取った起業家の今だから語れるエピソードや想い、これからへの展望を語ります。今回は、20226月に東証グロース市場に上場したマイクロ波化学株式会社 代表取締役社長CEO 吉野厳氏と、ジャフコ担当パートナーの高原瑞紀による対談をお届けします。

【プロフィール】
マイクロ波化学株式会社 代表取締役社長CEO 吉野 厳(よしの・いわお)
三井物産()(化学品本部)、退職後、米国にてベンチャーやコンサルティングに従事。20078月、マイクロ波化学㈱設立、代表取締役就任(現任)。1990年慶応義塾大学法学部法律学科卒、2002UCバークレー経営学修士(MBA)、技術経営(MOT)日立フェロー。

What's マイクロ波化学株式会社】
産業化は困難と言われていたマイクロ波プロセスの事業化に取り組み続け、マイクロ波技術プラットフォームを確立。現在は、国内外の企業や機関と提携し、研究開発からエンジニアリングまでトータルソリューションを構築・提供。昨今のカーボンニュートラルの潮流により、産業プロセス電化のキーテクノロジーとして、さまざまな分野への展開を進めている。20226月には東京証券取引所グロース市場でのIPOを果たした。


Portfolio


創業から15年。地道に技術を蓄積してきたからこそ「今」がある

吉野 高原さんが当社の担当になったのは2020年、ちょうどコロナが拡大し始めた年でしたね。前任の方からの引き継ぎということで。

高原 はい。ジャフコが初回投資をさせていただいたのが2013年で、私が引き継いだタイミングでは、事業が立ち上がり、上場準備が本格的に進行していました。

吉野 私たちは当然ながら初めてのIPOだったので、経験豊富な高原さんにご担当いただけて本当に助かりました。取締役会にオブザーバーとしてご参加いただいたり、わからないことがあれば電話して、「証券会社さんにこう言われたけど、どういう意図なのか」といった相談をさせてもらったりしましたね。

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高原
 私が引き継いだときはすでに事業を確立されていたので、前任者とは違った観点で、自分自身がどういう形でマイクロ波化学に貢献できるかを常に考えていました。100年続いてきた化学産業の製造プロセスをマイクロ波で変えるという、理解いただくのに工夫が必要な業態だけに、IPOの戦略を立てることは容易ではありませんでしたが、そう仰っていただけてホッとしています(笑)。

2007年に大阪大学発のスタートアップとして創業されて以来、いわゆるディープテックと呼ばれる事業に取り組んでこられて15年後の上場となりましたが、振り返ってみて長かったという感覚ですか?

吉野 長かったですね。スタートアップが仮説検証の連続であることはわかっていたつもりでしたが、もっと早く結果が出ると思っていました。
最初は、マイクロ波を使って廃油からバイオディーゼルやインキをつくる製造販売業からスタートしましたが、収益化に本当に苦戦して...。その経験から、ものを売るのではなく、マイクロ波を使ったものづくりのプラットフォーム技術そのものを提供するという現在のビジネスモデルに辿り着きました。

高原 事業上のターニングポイントで言うと、やはり現在のビジネスモデルにシフトしたあたりでしょうか。

吉野 そうですね。ビジネスモデルをシフトするにあたり、まず意を決して実行したのが自社工場の建設でした。マイクロ波を使ったものづくりがいかに省エネや高効率化につながるかを自分たちで体現しようとしたのです。スタートアップが工場を立ち上げるなんて無理だと言われながらも、事業の将来性を評価してくれたVCから投資いただき、2014年に世界初の大規模マイクロ波化学工場を完成させました。

その後、太陽化学様と食品添加物を製造する合弁会社を設立する等の「合弁製造事業」に取り組み、化学メーカーとの商業生産の実績を少しずつ積み重ねていったことで徐々にお問い合わせが増加。2019年にペプチスター様にペプチド医薬品の製造装置を供給したことも大きな転機となり、最も注力したかった「マイクロ波を使った製造プロセスや装置等の技術提供」という事業を確立することができました。

安全や安心を重視する化学業界で前例のない技術を採用してもらうことは非常に難しく、当初はフィーが1日数万円という時期もありましたが、今ようやく億単位の収益化を実現できるまでになったのも、技術を地道に蓄積してきた賜だと思っています。

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いくつもの逆境を乗り越えて果たしたIPO

高原 20203月期に初めて黒字化したときはどのようなお気持ちでしたか。

吉野 「ようやくここまで来た」と思いましたが、会社としての実力値という意味では「まだまだ」という感覚も強くありました。そんな中、コロナも拡大し始めて...。取引先の設備投資ありきのビジネスモデルだったので、事業への影響度は大きかったです。

高原 コロナを受けてIPOの時期を含めた事業成長の戦略の大きな見直しが必要になりましたよね。

吉野 コロナでの事業環境の変化は堪えましたね。ただ、あの苦しい時期があったからこそ、地に足のついた事業へ変化させることができたと思っています。自社でリスクを取って技術を標準化するケミカルリサイクル等の事業を立ち上げ、組織もずいぶん拡大しました。事業開発や研究、エンジニア、広報等、様々なプレイヤーが増え、「こういう施策を打てば何年後にこうなる」という現実的な計算ができるようになりました。

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高原
 逆風が吹いているときの経営陣の戦略や雰囲気って"素"が出やすいと思っているんですが、吉野さんはいつもどっしり構えていてポジティブな雰囲気だったのがとても印象的でした。一方で、「今は銀行借入で資金調達して、キャッシュポジションを高めておこう」とか「今年予定していた投資は一旦ストップして、財務の規律をしっかりつくっていこう」とか、ものすごく冷静に対策を考えていらっしゃいましたね。逆境の中でしか生まれない工夫や発想が今の成長に結びついているのだと、あの時期を思い返して実感します。

今回の上場に際しても、環境面での変化が大きく影響しましたよね。

吉野 2021年11月頃にIPOすると決めてから市場が悪化し始めていたのですが、いよいよ投資家にプレゼンテーションをするインフォメーションミーティングの当日、ウクライナ侵攻が始まってしまって。案の定、市場はさらに悪化してしまいました。当社はIPOを成長のための通過点と捉えているので、この環境の激変を受けて、本当に今IPOすべきかどうか経営陣で議論しました。

経営陣としては「1年後の状況がどうなっているかわからない。できるチャンスがあるのであればIPOするべき」という意見で一致したのですが、主要株主のジャフコさんの意見も伺おうということで高原さんに相談したところ、「やるべきです」と仰ってくれましたよね。マイクロ波化学の今後を考えたときに、このような環境であってもIPOをしたほうが中長期的な成長に繋がるはずだ、と。その助言で決心することができました。


大学発スタートアップならではの経営・組織課題

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高原
 今日ぜひお聞きしたかったのが、大学発スタートアップならではの経営の難しさについて。共同創業者の塚原さん(マイクロ波化学 取締役CSO/創業当時:大阪大学大学院 特任准教授)はアカデミアの立場でもありますが、大学の先生と一緒に創業して経営していくことに対して、吉野さんはどう感じていらっしゃるのかなと。

吉野 技術系のスタートアップを立ち上げようとしてうまくいかなかった経験が過去に何度かあるのですが、課題はいつも共通していました。技術を事業化したり世の中に出したりすることへのプライオリティが低い技術者と一緒にやろうとしていたことです。その点、塚原はマイクロ波の事業化に対する志がとても高かった。また、会社を立ち上げるときに約束したんです。アカデミアと会社経営者という2つの立場を兼任していると、どうしてもコンフリクトが生じる可能性があるから、万一どちらかを選択しなければならない状況になった場合は会社を選んでほしいと。

高原 なるほど...。お二人を見ていて、先生と社長というコントラストは全く感じませんでしたが、そういう固い約束もあったわけですね。

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吉野 あとは、程よい距離感も保てていると思います。昔は二人で飲みに行くこともありましたが、週末に会ったことは一度もないですし。ただ、日頃からコミュニケーションはよく取っているので、経営面や事業面での方向性がずれることはほとんどないですね。

高原 となると、組織的にご苦労された経験はあまりない?

吉野 そんなことないですよ。うちは大手企業からの転職が結構多いんですが、大手にいた人は、目標から逆算して今すべきことを考えるバックキャスト思考が得意な場合が多い。でも、不確実性の高いスタートアップでは、バックキャスティングしすぎず曖昧さを残さないといけないんです。会社が成熟してくれば逆にバックキャスト思考が必要になってくるのですが、今の段階ではそのあたりのミスマッチが生じやすいですね。あとは、失敗を許容できるかどうかも大事。スタートアップは失敗しないと前進しませんから。

高原 吉野さんの許容度の高さというか器の大きさは、シビアな交渉を乗り越える姿を何度も拝見してきて実感しています(笑)。大学発スタートアップは販路拡大に苦戦するケースも多いですが、そのあたりはいかがでしたか?

吉野 その点はVCの皆さんに本当に助けられましたね。創業初期に入ってもらったVCも、シリーズBから入ってもらったジャフコさんも、顧客になり得る大手企業のトップ層にルートを多数お持ちなので、手厚く協力いただきました。


マイクロ波の事業化でカーボンニュートラルに貢献する

高原 IPOに取り組む吉野さんを見ていて私自身とても学びになりましたし、今回上場を果たせて本当に良かったと思っています。もちろん、上場して終わりではなく「これから」。今後の目標をお聞かせください。

吉野 やはり、事業を成長させたいという一言に尽きます。産業界全体のCO2排出量の中でも、化学産業が占める割合は約17%。マイクロ波を再エネと組み合わせて製造プロセスを革新すれば、CO2の大幅削減につながります。社会課題にポジティブなインパクトを与えるというビジョンは、小規模な事業では実現できません。現在、カーボンニュートラルという大きな潮流の中で引き合いが非常に増えており、今後は自社の実証工場の拡張や効率化等にも注力して事業拡大を進めていきます。

塚原は「化学は日本人に向いている」とよく言うんです。ひらめきも必要だけど、時間をかけてコツコツ蓄積していけばいくほど結果が出るのが化学という分野。ノーベル化学賞に日本人が多いのも、性に合っているからなんじゃないかって。私たちも15年の技術的な蓄積があるからこそ、ようやく価値を認めてもらえるフェーズに来ました。IPOを経て、今まさに「これから」という思いで気を引き締めています。

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高原 カーボンニュートラルやSDGsというキーワードが浸透したのはここ数年ですが、吉野さんはそれよりずっと前から大きなトレンドに気づき、早い段階でチャンスを掴みに行かれた。その視点や姿勢が吉野さんの起業家としての強みだと感じます。

吉野 三井物産時代、上司からこう教わったことを憶えています。「お金儲けはシビア。一生懸命やって価値を認めてもらって、初めてお金を払っていただけるのだから、ビジネスというのはとても純粋なものなんだ」と。私がビジネスで環境に貢献することにこだわる原点には、この言葉があるんです。

地球の気候変動はもはや不可逆で、絶対に何とかしなければなりません。NPONGOではなくビジネスとして収益化の仕組みをつくり、一生懸命に、誠実に、価値を創造していく。その価値を認めてくれたお客様が対価を払ってくれることで、事業は継続・拡大でき、社会への影響力も高まっていく。そうしたサイクルの結果、環境やエネルギー問題に貢献することができれば、起業家としてこれ以上ない喜びです。

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吉野氏とジャフコ担当キャピタリストの高原瑞紀(左)