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死線を三度さまよった起業家の起死回生 「在庫」という社会課題への挑戦
死線を三度さまよった起業家の起死回生 「在庫」という社会課題への挑戦

起業を決めた背景や、事業が軌道に乗るまでの葛藤、事業を通じて実現したい想いを聞く「起業家の志」。
第13回は、在庫分析SaaSFULL KAITEN』を提供するフルカイテン株式会社 代表取締役 瀬川直寛氏にお話を伺いました。

【プロフィール】
フルカイテン株式会社 代表取締役 瀬川 直寛(せがわ・なおひろ)
慶應義塾大学理工学部で天然ガスの熱力学変化に関する予測モデルを研究。ベビー服ECの経営者として、在庫問題が原因で3度の倒産危機に直面。それを乗り越える過程で外的要因や予測不能な変化に強い小売経営モデルを生み出し、『FULL KAITEN』を開発した。201711月、FULL KAITENをクラウド事業化し、システムとして販売を開始。20189月にはEC事業を売却し、FULL KAITENに経営資源を集中している。

What's フルカイテン株式会社】
在庫を増やすと売上は増えるが売れ残る。かといって在庫を減らすと売上も減ってしまう。小売業界が長年頭を悩ませている在庫問題を解決するクラウドシステムが『FULL KAITEN』。売上増加のために在庫を多く持つのではなく、より少ない量の在庫で売上・利益・キャッシュフローを最大化させるビジネスモデル変革を後押しする。関西発ベンチャーの一角として、「本当に必要な製品が必要な量だけ流通する社会」の実現を目指している。

Portfolio


着実にキャリアアップしていった会社員人生から一変、転機となった「風船事件」

2012年に起業されるまで、IT系企業4社での勤務を経験されています。起業前のお話をお聞かせいただけますか。

新卒で入社したのは東京の外資系IT企業でした。大学では機械学習や統計の研究をしていましたが、自分より遥かに頭のいい同級生が同じ研究をしていて、その世界で一流になれるイメージが持てなかった。それで就職の道を選びました。

私は営業担当として、通信事業者向けにシステムを開発して納品する仕事をしていました。当時はADSLが普及し始めた頃で、新たに設立された通信事業者に営業して3ヶ月で6億円以上の売上をあげたことも。社内でも表彰され、それなりに充実した3年間でした。

ーそこから転職を3回されていますね。

2社目はブロードバンドに特化したスタートアップです。今では当たり前ですが、当時は光回線でテレビが見られるようになった時代。でも私はなぜか「テレビ以外のことをやってくれ」と言われて(笑)、全国の通信事業者をまわってIP電話の提案をしていました。地道な営業の末、技術的なブレイクスルーを実現したことで需要が急拡大。ゼロから年商15億円の事業に育て上げました。

3社目はお客様に誘われて入社したネット系の会社。その後、地元の大阪に戻ってCRMSaaS製品を扱う会社に転職し、2億円規模のシステム開発案件の獲得や、赤字事業の立て直し等を手がけました。

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ー順風満帆な会社員人生に思えますが、なぜ安定した生活を捨てて起業を決意されたのでしょう。

その時のエピソードを私は「風船事件」と呼んでいるのですが、「自分の人生、このままじゃいけない」と強く思ったきっかけがあったんです。

その日は会社の同じチームのエンジニアの誕生日で、私は本人に内緒でバルーンギフトを会社に届けてもらうよう手配していました。届いた箱を本人が開けると、中から大きな風船が飛び出してオフィスを舞い、フロアにいたみんなが大爆笑。社員数は200人ほどで、話したことのない人もたくさんいましたが、その時ばかりは部署の垣根を越えてフロア中が笑顔になったんです。

その光景を見てハッとしました。「これまで自分がやってきた仕事は、人をここまで笑顔にできていただろうか」と。もちろんお客様の役に立つ提案をしてきたつもりですが、本当に役に立っているのか、本当に喜んでくれているのか、実感は正直ありませんでした。当時の私は30代半ばで、元気に働けるのはあと20年。時間を無駄にしている余裕はない。そこで「お客様が心から笑顔になる仕事をしよう」という想いだけを胸に、事業内容すら決めずに起業しました。


売上が伸びて全てが順調に思えたところから暗転、3度の経営危機に

ー起業後、事業内容はどのように決めたのですか。

その頃ちょうど子どもができて、ベビー服探しに苦労していました。何件かお店を回っても欲しいものが見つからず、何も買わずに帰ってくることがほとんど。リーズナブルなブランドとハイブランドの中間の価格帯で、かわいいデザインで、サイズが合って、かつネットで買えるブランドが全然なかったのです。

他にも困っている人が多くいると思い、ベビー服のEC事業を立ち上げたのですが、当時は「ネット販売=ECモールで安く売る」というイメージが強く、日本のブランドは取引してくれませんでした。そのためまずは海外の会社に営業して取引してもらい、きちんと定価で販売するという姿勢を見せつつ、商品の写真をFacebookページに毎日投稿して1ヶ月で5000人のファンを集客。徐々に国内ブランドからも信頼をいただき、取引してもらえるようになり売上はどんどん伸びていきました。

ーそこからは順調でしたか?

売上は伸びましたが、それと同時に直面したのが「在庫問題」でした。在庫は麻薬みたいなもの。持てば持つほど売上が増えるので、儲かっている気持ちになるのですが、実際は不良在庫も同じように増えています。当時の私はPLしか見ておらず、決算では「在庫=資産」になるため一見利益が出ているように見える。でも銀行の預金残高は毎日減っていく...。そんな状況が続きました。

実は、EC事業を立ち上げる中で私は3回もの倒産危機を経験しているんです。いずれも根本的な原因は「在庫問題」でした。

ーその問題に向き合ったご経験が、在庫分析SaaSFULL KAITEN』の誕生に繋がっていくのですね。3回の倒産危機はどう乗り越えたのでしょうか。

最初の時は会社の預金が200万円まで減り、あと1年もたないのではと思うと夜も眠れませんでした。心の支えになっていたのはお客様のレビュー。「妊娠中に買った服をやっと着せることができました」「我が子がこんなにかわいいことを改めて知れて幸せです」等、喜んでくださっている様子がレビューからひしひしと伝わり、本当に励みになりました。

結局、金融機関に駆け込んで融資していただけたのですが、その時の審査担当の方から「会社をつくって良かったですか?」と聞かれ、思わず号泣したことを覚えています。あまりにもしんどい状況だけど、お客様が心から笑顔になってくれているのがわかる。この会社は絶対に潰せない。そう思ったからです。最後はその審査担当の方ももらい泣きしてしまって。その後、預金と融資いただいた資金を注ぎ込んで広告を打ち、見事成功。何とか危機を脱しました。

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ー「お客様が心から笑顔になる仕事をする」という起業時の志が苦しい時期の光明になったのですね。

はい。2回目は従業員9人を抱えていた時で、数ヶ月後に資金がショートする状況にまで陥りました。そこでようやく「不良在庫を整理しよう」と思い立ったのですが、そもそもどれが不良在庫なのかがわからない。大量に残っていても売れれば不良在庫ではないし、少量でも今後売れなければ不良在庫になる。その時に、「不良在庫とは何かを見つけ出すロジックが必要だ!」と探究心に火がついたんです。

まさか、大学で勉強した機械学習や統計の知識がここで活かされるとは思いませんでしたね。Excel上で数字を分析して整理しながら独自のロジックを見出し、500万円ほど取り返してその場を凌ぎました。

ただ、これで自信をつけてしまった私は、在庫を抱えてはギリギリのタイミングで整理する...ということを続けるようになり、やがて整理が追いつかないほどの在庫を抱えてしまうように。そこで次は、在庫を持ちすぎないためにはどんな発注をすればいいかを分析することにしたんです。独自の計算方法を編み出し、過剰在庫のリスクも欠品のリスクもない発注の仕方を考えては実践しました。

ー「在庫」から「仕入れ」に着目するようになったと。そこからはうまくいきましたか?

それが今度は、売上の伸び方と在庫の伸び方が相関しなくなってきました。発注はうまく回っているのに、在庫の増加率が売上よりもひどい状態に陥ってしまったんです。

私は「在庫が不良在庫化するまで何も手を打っていないからこうなるのでは?」と考察しました。在庫のリスクは白か黒、売れるか売れないかではなく、実際は連続値です。ここを可視化し、不良在庫になりそうな商品を早めに見つけてお客様に提案していくことができればいいのではないか。そのロジックを見つけ出した時、これで在庫分析は全部マスターできた!と思いました。

ーところが3回目の倒産危機が訪れた。

はい。あとは購入者数を増やすことが重要だと考え、送料無料になる購入金額を7,000円以上から2,000円以上に下げました。より買いやすくすることで購入者数が1.4倍に増えると見込んだ時、今より十分利益が出るラインが「2,000円以上」という金額だったのです。

しかし、これが人生最大の大失敗でした。9ヶ月頑張ったものの購入者数は1.2倍にしかならず、Web接客や動線の改善等どんな手を打ってもダメ。購入者数の増加を見据えて在庫も出荷スタッフも増やしていたので、会社は大赤字になってしまいました。

その危機を脱するきっかけとなったのもお客様の声。送料無料になる購入金額を7,000円以上に戻すと決め、お詫びのメールをお送りしたところ、返信いただいた11通のうち2通はお怒りのメールでした。でも残り9通は予想外の内容で、「ちょっと高いけど気に入って買っていたのに、なぜ2,000円以上という設定に変えたんですか?」というものだったんです。その時、「安い=正義ではないんだ」「商売ってこんなに難しいのか」と痛感しました。

私たちのお店を気に入ってお金を払ってくださっているお客様をもっと知ろう。そう思って売上データを分析すると、送料無料金額を下げる前は出荷すればするほど利益が出ていたのに、現在は出荷するほど赤字になるレベルで客単価が下がっていることがわかりました。そこで、客単価を上げてくださっているお客様が喜ぶ品揃えにすることに全精力を注ぎ、1ヶ月で客単価500円アップを実現。何とか危機を免れ、徐々に利益も安定するようになりました。

決め手は妻の一言!在庫分析ノウハウを事業化した『FULL KAITEN』誕生

ー危機を乗り越えるたびに蓄積されてきた在庫分析ノウハウですが、それを他社に販売することにしたきっかけは?

妻の勧めです。3回も倒産しかけたので当時は夫婦喧嘩ばかりしていました。起業するきっかけになった風船事件のことも知っている妻から在庫分析のノウハウをプロダクト化して販売することを勧められて、最初は「BtoBには戻りたくない、人を笑顔にする仕事がしたい」と反発していたのですが、そんな私に妻が言うんです。「社長であるあなたがこんなに笑顔になれたのに、そのノウハウのどこが信じられないの?」と。

確かに、在庫問題が単なる一企業の問題でないことは身をもって実感していました。在庫問題に本気で取り組めば、多くの人を笑顔にできる。そう考えた時、起業して初めて「上場」という目標が頭に浮かびました。この根深い問題にインパクトを残すなら、中途半端なやり方ではなく上場を目指さなければ。そこでVCから資金調達してシステム開発を本格的にスタートし、2017年に『FULL KAITEN』をローンチしました。

ー再び新規事業を始めることに不安はありませんでしたか。

ワクワクしかなかったですね。もう十分いろんな危機を乗り越えてきましたから(笑)。当初は主に零細企業にニーズがあると考えていたのですが、いざローンチしてみると大企業からも多数お問い合わせをいただきました。既存の在庫管理や販売管理のシステムは数を管理しているだけで、そのデータを使って有益なインサイトを得るための「分析」までできるシステムは他にない。つまり、大企業でさえも十分な在庫分析ができていなかったのです。

最初のプロダクトは零細企業向けだったので、大企業が持つ膨大な在庫データにも対応できるプロダクトを開発し直す必要が出てきました。そこで大規模データに強いエンジニアを採用し、予定より1年半も長くかかってしまいましたが大企業向けのVer.2をローンチ。この事業に注力すべく、EC事業は東証一部上場企業に売却することを決断し、社名もフルカイテンに変更しました。

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20216月にはジャフコがリードインベスターを務め、シリーズBの資金調達が実施されました。ジャフコとの出会いについてお聞かせください。

実はシード期の資金調達時に一度ジャフコさんに相談したことがあり、その時は投資には至らなかったのですが、ちょうどVer.2の開発中に高原さんからお問い合わせをいただき連絡を取り合うようになりました。その後、次回の資金調達を検討し始めたタイミングで私から連絡を入れたのが202010月。それから毎月面談をしていただき、今回の投資に至りました。

ー他のVCともお会いになったと思いますが、最終的にジャフコを選んだ決め手は何でしょうか。

決め手は完全に高原さんですね。私たちの市場やビジネスを深く知り、私でも気づいていなかったインサイトを指摘してくださる等、こういうキャピタリストがジョインしてくれたら会社は伸びるだろうなと思える瞬間が何度もありました。10社とお会いしましたが、投資先の解像度を上げる努力をここまでしてくれたVCは他になかったです。もし今回の投資がダメでも、会社の価値を上げてまたアタックしようと思っていました。

資金調達においては、VC自体よりも担当キャピタリストとどれだけ信頼関係を築けるかが最も重要だと考えています。高原さんとも投資直前まで「なぜこのバリュエーションなのか」を直球で話し合い、お互いのロジックをぶつけ合いました。同じゴールを目指す立場ならぶつかったっていい。投資後も真剣に意見をぶつけ合える証拠です。キャピタリストが自分の会社のことをどれだけ本気で考えてくれているか、そこに尽きると思います。

ー投資後、高原からはどんな支援を受けていますか。

社内のSlackにも入っていただき、もう社員のような存在ですね。ビジョンや事業の話はもちろん、私の愚痴に近いことまで聞いていただいています(笑)。採用支援では書類選考から入っていただいていますし、高原さんに紹介いただいたエージェントを通じてCHROの採用もできました。私は組織づくりより事業の未来を創造していくほうが向いているタイプなので、組織づくりは今のボードメンバーや新たなCHROに任せていきたいと思っています。

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瀬川氏とジャフコ担当キャピタリストの高原瑞紀(左)


どんな時も「逃げない」「諦めない」を貫く

ー『FULL KAITEN』事業にシフトし、「お客様を笑顔にする」という志は実現できていますか。

導入先企業では「会社の現金が5ヶ月で2倍になった」「半年で不良在庫が半減した」等の目に見える成果が出ています。でも数字面だけではありません。私の胸を最も熱くしたのは、お客様からのこの言葉。「これまで在庫は『罪子(ざいこ=罪の子)』だと捉えていたが、『FULL KAITEN』を導入してから意識が変わった。倉庫の奥にしまわれる存在から、お客様の需要に応じて出し入れできる冷蔵庫の食材のような存在になり、仕事が楽しくなった」。

たとえBtoBでも、大企業が相手でも、在庫という経営課題に悩む経営者や実際に在庫を扱う社員の方を笑顔にすること。私の使命はそれだけなんだと改めて思いました。

ー企業の在庫問題を解決した先のビジョンがあればお聞かせください。

在庫問題が解消されると、今より少ない在庫で事業を伸ばすことができるようになります。それはつまり、大量生産や大量廃棄の問題をも解決できるようになるということ。ゆくゆくは私たちのサービスを世界の企業に使ってもらい、地球の限りある資源を守るという社会課題に貢献していきたいです。

ー最後に、様々な試練を乗り越えてこられた瀬川様から、起業家の皆様へメッセージをお願いします。

私がここまで起業家としてやってこられたのは、「逃げない」「諦めない」を貫いたからです。大企業向けのVer.2の開発が1年半遅延した時も、すでに契約いただいていたクライアントからは当然激怒されました。でも絶対に逃げまいと決めて心から謝罪し、解約が相次いでも諦めずに開発を続けました。それが今の私たちに繋がっています。

今、苦しんでいることは、数年後に必ず意味を成します。途中で諦めてしまった人と諦めなかった人のセリフは、この先、言葉の重みが全然違ってきますから、起業家の皆様にはどんな時も「逃げない」「諦めない」を貫いてほしいと思います。