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DNAを「合成」し、ゲノムを「編集」する 神戸大学発バイオスタートアップが見据える未来
DNAを「合成」し、ゲノムを「編集」する 神戸大学発バイオスタートアップが見据える未来

起業を決めた背景や、事業が軌道に乗るまでの葛藤、事業を通じて実現したい想いを聞く「起業家の志」。
第5回は、DNAを切らずにゲノムを「編集」する技術を持つ株式会社バイオパレット、そして「長鎖DNA合成技術」によるDNAを「合成」する技術を持つ株式会社シンプロジェン、共に「DNA」を軸にした事業を行う2社の取締役である山本一彦氏にお話を伺いました。

【プロフィール】
株式会社バイオパレット、株式会社シンプロジェン 取締役 山本一彦 (やまもと・かずひこ)
1988年に一橋大学商学部経営学科卒業後、住友電気工業株式会社、株式会社野村総合研究所企業財務調査室等を経て、1998年に独立系ベンチャーキャピタルを創業し、代表取締役に就任した。創業期専門のベンチャーキャピタリストとしてベンチャー企業の投資育成に取り組む一方、企業金融の専門家としてM&A・財務戦略などのコンサルティングを提供。2016年3月、ベンチャーキャピタルの代表取締役を退任し、2016年4月、神戸大学大学院科学技術イノベーション研究科教授(現任)及び同大学大学院経営学研究科教授(兼任)に就任(現任)。2019年2月より現職。

What's 株式会社バイオパレット】
ゲノム編集の1つである塩基編集技術による創薬事業を展開する神戸大学発スタートアップ。当社のコア技術である塩基編集技術「Target-AID」は、CRISPR-Cas9を発展させたゲノム編集技術であり、生物の遺伝子である2本鎖DNAの切断を伴わないため、より正確で精緻な編集、より多様な細胞への応用が可能。2019年には米国のBeam Therapeutics社とCRISPR関連技術を含む塩基編集技術に関する独占的クロスライセンス契約を締結し、事業化に必要な知的財産権を確保。当技術をヒトの体に共生する微生物の育種及び改変に応用し、遺伝子編集により最適化された細菌そのものを製剤(Living Medicine)として投与する、革新的な「マイクロバイオーム・セラピューティクス」の開発に注力する。

Portfolio


What's 株式会社シンプロジェン】
世界最先端のゲノム合成技術の事業化を目指す神戸大学発スタートアップ。最先端の遺伝子工学、情報科学、ロボット工学を駆使することで、バイオインダストリー分野や医学・生物学分野で必要となる長鎖のDNAを従来よりも「正確」、「低コスト」、「短期間」に合成するDNA合成技術「OGAB法」を保有。OGAB法は最大50からなるDNA断片をワンステップで結合し、現状では~100kbの長鎖DNAを極めて高い成功確率で取得することが可能。バイオインダストリー分野、特に微生物による有用物質生産で用いられる遺伝子回路の設計や、医学分野において遺伝子治療を目的とした正確かつ長鎖のDNAを提供し、持続的な経済成長を日指すバイオエコノミーの時代のキープレイヤーなることを目指す。

Portfolio


ベンチャーキャピタリストから大学院教授へ

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ー山本様は神戸大学大学院の教授に就任される以前、ご自身でベンチャーキャピタルを起業されていましたが、ベンチャーキャピタリストになられた経緯を教えていただけますか?

私は1988年に一橋大学を卒業したのですが、当時の日本の経常収支は世界最大黒字を計上しており、日本経済が最も健全な時代でした。コーポレートファイナンスという学問が日本に上陸した頃でもあり、私も大学の講義でアメリカのビジネススクール帰りの先生からコーポレートファイナンスを学んでいました。

ある時、先生が話してくれたんです。「最近アメリカでおもしろい職業がある」と。なんでも彼らは理科系の学位とビジネス系の学位を持っていて、スーツにスニーカーというカジュアルな姿で企業の役員会にオープンカーで乗りつけ、鋭い意見をビシッと言う。しかも大変なお金持ちらしい。それが、日本にはまだない「ベンチャーキャピタリスト」という職業であると知り、非常に興味を持ちました。


ーそこから金融業界ではなく住友電気工業を就職先に選んだのはなぜでしょうか。

就職活動の時、ある銀行の方に「ベンチャーキャピタリストになりたい」と話したら、製造業を勧められたんです。今、国際競争力が強いのは金融より製造業の一部の企業。その中でインダストリー(産業)を学んだ後、アメリカでMBA取得や金融の勉強をすれば、ベンチャーキャピタリストになれるかもしれない、とアドバイスを受けました。

住友電工では幹部候補として、原価計算から財務・管理会計、事業戦略まで幅広く学ばせていただきました。3年ほどで留学しようと思っていましたが、父が病気で他界してしまい留学費用の捻出が難しくなったため、最先端の金融理論と実務への応用を学ぶために野村総合研究所へ転職。その後、友人が勤めていたベンチャー企業で財務や経営戦略に携わり、4年で売上を数億円から数十億円まで拡大させる等の経験を積んだ後、1998年、34歳の時に独立系VCを設立しました。


2016年に神戸大学大学院の科学技術イノベーション研究科の教授に就任されたきっかけは?

科学技術イノベーション研究科は、理科系の学生に対し、科学技術上のブレークスルーを社会的・経済的価値のあるイノベーションに繋げるためのスキルセットを全科目必修で教える研究科です。そういう研究科を設立するという相談を友人の神戸大学教授から受け、シラバス作成等を手伝っているうちに、教員として来てくれないかと誘われたんです。

アカデミアの人たちと事業創造することに興味がありましたし、一橋大学や早稲田大学の大学院でファイナンスを教えていた経験もあったため、会社は友人に任せて大学院を専業にする道を選びました。


ー研究科を設立して教授に就任される前に、大学発ベンチャーへの出資や経営指導を行う科学技術アントレプレナーシップ(STE社)という企業も設立されていますね。

科学技術イノベーション研究科の研究科長である近藤昭彦教授から、大学内の研究成果を事業化したいという相談をいただき、STE社とそこに出資するためのSTE基金(神戸大学科学技術アントレプレナーシップ基金)を設立しました。神戸大学の研究開発のシーズに対して、シード・アクセラレーターとして事業化の検討段階から関与し、外部から多額の資金調達ができるところまで伴走する仕組みです。

実は近藤先生とは、神戸大学に赴任する15年程前にまったく別のところで出会っていました。VCを設立して間もない頃、ある研究開発を事業化してスピンアウトしたいという相談を受けたことがあり、その研究に携わっていたのが近藤先生だったのです。まさか15年ぶりに再会して、一緒に新しい挑戦を始めることになろうとは。まさに運命的な偶然でしたね(笑)。


最先端のゲノム編集・合成技術を持つ、神戸大学発ベンチャー

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ー山本様が取締役を務めるバイオパレットとシンプロジェンは、STE社の支援により2017年に設立された神戸大学発スタートアップです。2社の事業内容を教えてください。

まずバイオパレットは、DNAを切らないゲノム編集技術(塩基編集技術)を持つ会社です。

そもそもゲノム編集とは、「生命の設計図」と言われる全遺伝情報を自由に書き換えることのできる技術。2020年のノーベル化学賞を受賞した「CRISPR-Cas9(クリスパー・キャス9)』もその技術の一種です。先天性の病気の治療や農作物の品種改良等に有効で、アメリカでは特に医療分野での応用が進んでいます。20132015年頃にできたゲノム編集関連のベンチャーは、時価総額が最大6000億円にものぼります。

CRISPR-Cas9」をはじめとする従来の技術は、DNAを切るゲノム編集技術。狙ったところをピンポイントで切り、遺伝情報を書き換える優れた技術ですが、意図しない場所を切ってしまい副作用等が発症するオフターゲット効果が課題となっています。また、高等生物ではない細菌等の微生物に適用するのが難しいという課題もあります。

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ーその課題をクリアするのが、バイオパレットの「切らない」技術なのですね。

はい。また、「CRISPR-Cas9」は特許をめぐる争いが未だ決着していませんが、バイオパレットでは切らないゲノム編集技術の特許の権利化を着実に進めています。さらに、ハーバード大学とMITがもつ塩基編集に関する特許を集約してライセンスされているアメリカのBeam Therapeutics社と独占的クロスライセンス契約を結び、それぞれの技術を相互に活用できる体制を整えました。弁理士資格を持つ当社の社員と私が主導し、約1年かけて締結したものです。

結果、バイオパレットはマイクロバイオーム・セラピューティクスの領域において塩基編集技術(ゲノム編集技術)を扱える世界で唯一の会社となった。これは非常に画期的な知的財産戦略です。


ーシンプロジェンはどのような会社ですか? また、バイオパレット社との関連性を教えてください。

バイオパレットの技術がゲノムの「編集」であるのに対し、シンプロジェンの技術は「合成」。長鎖DNA合成技術というコア技術を用いて、有用な物質を生成する微生物をゼロからつくることができます。現在2社は別々に運営されていますが、将来的には、ゼロから合成したものを編集するという両方の技術を活かした事業展開を見据えています。

0018.jpg ーシンプロジェンは20197月、バイオパレットは20209月にジャフコから10億円ずつ出資を受けていますが、それ以前の資金調達はどのようにされていたのでしょうか。

バイオパレットは、設立年にボストンの有力VCから出資を受けました。きっかけは、切らないゲノム編集技術を近藤先生と一緒に開発した西田敬二教授の論文が、2016年のサイエンス誌に掲載されたこと。それを読んだVCから「ぜひ研究者と会いたい」と連絡を受け、西田先生が渡米した際にその場で「投資したい」と言っていただいたんです。切るゲノム編集は特許争いで事業化におけるリスクがあるため、切らないゲノム編集技術を有する我々に着目してくれたようです。

シンプロジェンについては、その翌年に大手バイオベンチャーとの戦略的資本・業務提携を近藤教授と私がプロデュースし、資金調達を果たしました。ジャフコの三浦さんと初めてお会いしたのもその頃です。


ージャフコからの資金調達を決めた理由は?

国費を使って開発した技術で事業をしているため、バイオパレットが次に出資を受けるVCは日本のVCにしようと考えていました。

シンプロジェンについては、複数社から出資を受けるとVC同士の意見が食い違って経営しにくくなる可能性があるので、1社のみと付き合いたいと考えていました。ただ、我々のような事業には10億円規模の資金が必要になる。1回で10億円を投資できる国内のVCというと、選択肢は自ずとジャフコに限られました。

担当キャピタリストの三浦さんは東京工業大学大学院でバイオを学ばれた方で、まだ芽も出ていない我々のバイオテクノロジーの価値をきちんと判断してくれました。この領域に詳しいキャピタリストは日本の中では極めて少ないので運命的な出会いでした。近藤先生に最初に送られてきた自信満々のメールとは裏腹に、お会いしてみるととてもソフトな人柄で(笑)、それも好印象でしたね。


ー今回調達した資金はどのように活用されるのでしょうか。

シンプロジェンは、長鎖DNA合成を目的とした商業用ラボの立ち上げや、技術のさらなる高度化のための研究開発に。バイオパレットは医療分野参入の第一歩として、まず歯周病とアトピー性皮膚炎の治療薬の開発を行います。独自のゲノム編集技術でマイクロバイオーム(ヒトの体内にある細菌の集団)のバランスを整えることにより、疾病の治療を目指したいと考えています。

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山本氏とジャフコ担当キャピタリストの三浦研吾(左)


「第5次産業革命の中核を担う企業に育てる」という強い志

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2社の長期的なビジョンをお聞かせください。

できれば2社、少なくとも1社は場外ホームランを打ちたい。私の考える場外ホームランとは、優良投資家に長期的に投資いただき、第5次産業革命の中核を担うような企業に育てること。そのためにも最短で上場し、時価総額は最低でも1000億円を目指したいと考えています。

バイオテクノロジーとそれを支えるデジタルプラットフォームが20102013年頃に出会い、今後は化石燃料から生物資源を有効活用したバイオ燃料へとシフトする等、第5次産業革命と呼ばれる世界規模の変化が訪れます。アメリカではそうした分野への巨額の投資が進み、中国もアメリカを抜こうと必死。もともとバイオテクノロジーに強かったはずの日本は、このままでは先進国から滑り落ちるのではないかと懸念しています。

科学技術イノベーション研究科の研究室には、可能性のあるシーズがたくさん散らばっています。バイオパレットとシンプロジェンもそのシーズを事業化した会社。両社を育てることは、第5次産業革命で日本が出遅れないための基盤をつくるラストチャンスかもしれない。そんな想いで取り組んでいます。


ーバイオエコノミー領域のベンチャーが世界的競争力を持つには、どんなことに注力すればいいのでしょうか。

やはり知財戦略です。単に特許を出願するだけではなく、自分たちの技術がどの国で価値があるのか、どうすれば競争優位性を築けるのか、早くから分析することが重要。そうすればバイオパレットの例のように、技術を武器に有利な交渉を進められたりします。

ディープサイエンスはシード期にマネタイズしようとするより、まずは知財をいかに強くするかを考えてお金を使うことが大切だと思います。


ー「神の領域」とも言われるゲノム編集技術の倫理観について、山本様の率直な考えをお聞きしてみたいです。

科学技術はすでに神の領域に入っています。SF映画の中の出来事だと思っていたことが、今はもう現実になっている。世界中で研究開発や事業化が加速する今、日本は神学論争をするより先に世界と肩を並べなければなりません。この分野で一定の力を持ち続けることができて初めて、倫理や利害調整に関するルールを確立する立場に立てるからです。

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VCを経営されていた頃と現在とで、仕事のやりがいはどのように変化しましたか?

同じ研究科の教授、つまり同僚のシーズを早期に扱って事業創造することの意義や効率性を今は実感しています。

通常、創業者である起業家がそのまま会社を大きくしていくケースは珍しくありませんが、ディープサイエンスでは研究者がアントレプレナーになることはあまりありません。創業期には知財とお金をブリッジするスキル、出資を受けた後には知財戦略と事業戦略をブリッジするスキル、その後は戦略を実行に移すスキルや上場・売却のスキル等、フェーズごとに経営陣に求められるスキルがまったく違うからです。

ブレークスルーからイノベーションへ橋渡しすることのできる人材は、日本ではまだ多くありません。大学教員として、またスタートアップの戦略やファイナンスの専門家として、同僚の研究成果をいち早く社会実装し、リターンは大学に還元する。そのサイクルを目指して取り組んでいる今、一企業の経営者だった頃よりも視野は格段に広がった気がします。


ーベンチャーキャピタリスト、大学教員、そして大学発スタートアップの投資育成と様々な経験をされている山本様から、起業家の皆様へメッセージをいただけますでしょうか。

世界で戦うためには、熱意だけではどうにもならないことが多々あります。最低限必要な武器を揃えて訓練しておくことや、一緒に戦える人材を集めて適切にプロデュースすることが求められます。

ハーバード・ビジネス・スクールの故クレイトン・クリステンセン教授の著書『イノベーションのDNA 破壊的イノベーターの5つのスキル』(2012年/翔泳社)では、革新的経営者や起業家に共通するスキルとして「関連づける力」「質問力」「観察力」「ネットワーク力」「実験力」の5つが紹介されています。私自身、この歳になって改めてその通りだと実感する能力ばかりなので、日頃から意識して磨いておくことをおすすめします。