投資先支援のリアル

人と組織の両方に「レバレッジ」を効かせるには。投資先の企業価値向上を支えるHR支援の役割

#ヒューマンリソース支援

「企業は人なり」という言葉があるように、事業をスケールさせるうえで人事は重要な観点です。特にスタートアップでは、事業フェーズごとに採用戦略や組織設計の考え方や課題も異なるため、理想と現実のギャップに煩悶している経営者の方も多いのではないでしょうか。

ジャフコはこのようなスタートアップの課題に対して「HR支援」を続けてきました。

今回は、ジャフコの取り組みである「HR支援」について、支援チームの坪井 一樹氏、矢崎 幹一氏に、機能面やスタンスなど「投資先支援のリアル」についてお話します。

【プロフィール】

ジャフコ グループ株式会社 ビジネスディベロップメント部
坪井 一樹(つぼい・かずき)
組織人事系コンサルティングファームやIT系スタートアップ企業、デジタルガレージといった企業での事業・組織づくりの経験を経て、組織開発・人材開発を中心とした事業に資する人事を実践。2018年にDeNA入社した後、エンタメ領域のゲーム事業を軸にHRBPを担い、HRBPに関する社外発信もフルスイング。HR Japan Summit 2年連続登壇など講演多数。2022年8月に当社に入社。HRBPとして投資先企業の人材獲得や組織開発に従事しながら、CxOコーチとして、起業家や経営者を中心にエグゼクティブコーチングによる個の成長も支援。

ジャフコ グループ株式会社 ビジネスディベロップメント部
矢崎 幹一(やざき・まさかず)
大学卒業後、人材開発系コンサルティング企業にて、SI/ITコンサルティング企業向けコンサルティング案件を担当。その後、外資系IT企業に人事として参画。その後、株式会社アカツキ、株式会社カケハシにて、エンジニア採用組織の立ち上げから、HRBP、組織開発、人事制度企画、人事組織全体のマネジメントなどを担当。シード・アーリー期からミドル・レイター期、上場企業、グローバル企業における企業内人事として事業・組織と伴走してきた経験を持つ。2025年4月当社入社。

企業の価値向上には人と組織の両方の視点が重要

─まずは、HR支援チームで行っている支援の概要について教えてください。

ビジネスディベロップメント部 坪井 一樹

坪井 投資先企業のステージによって支援内容は異なりますが、HR支援では人と組織の両方に対して支援を行っています。具体的には、シード・アーリー期に行う「組織設計・人材採用」、ミドル・レーター期に行う「組織開発・人材開発」、そして全てのステージに共通して取り組む「エグゼクティブ・コーチング」の3つに分けられます。

HR支援チームは2018年に発足し、初めは採用支援からスタートしました。これまで80社以上の投資先企業に採用支援を行い、380名ほどの採用実績があります。特にCxOのような幹部人材の採用に注力しており、これまでに100名以上のCxOクラスを採用してきましたその他も管理部門の部長クラスやマネージャーといった企業価値の向上にインパクトのある人材獲得を中心に採用支援を行っています。

─ジャフコがHR支援に取り組むようになった背景や支援の特徴を教えてください。

坪井 HR支援チームは、マーケティング・セールス支援の中で感じた課題が発端になって発足しています。

営業の入口を作っても、なかなか正式な受注に繋がっていかない。その原因を分析する中で、人と組織の問題が沢山浮かび上がってきたのです。スタートアップは、やることが多いにもかかわらず、何においても経営者への依存度が高くなりがちです。経営者が、自らやるべき仕事に集中出来るような体制を作るために、HR支援が有効なのではないかと考えました。

矢崎 ジャフコのHR支援は、コンサルタントでも投資先企業の人事でもない、VCという立ち位置からHRの支援をできることがユニークだと感じています。VCとして投資しているからこそ、企業の中長期的な事業・組織成長により目線を向け、キャピタリストと連携し、成し遂げたいビジョンの実現に向けて持続的に伴走できます。

また、私たちは3名体制で行っており、2名が様々な企業フェーズにおいて、人事として深く組織・事業の伴走経験を有し、もう1名がもともとキャピタリストであり「投資のプロ」です。多くのスタートアップや起業家、また変わりゆく事業・組織と対峙してきた我々だからこそ、支援する投資先企業の未来を見据えて、より本質的なHR支援ができるチームでありたいと考えています。

ビジネスディベロップメント部 矢崎 幹一

人と組織の課題に対し、起業家に伴走

シード・アーリーは「事業成長のスピードを上げる」HR支援

─では、まずはシード・アーリー期に行う支援の内容について教えてください。

坪井 まず、シード・アーリー期では「組織設計・人材採用」をテーマに、事業成長のスピードを上げるためのHR支援をします。具体的には、人に対しては「CxO / 幹部人材の採用」を、組織に対しては「組織 / 人員の計画策定」を支援しています。

このフェーズは、社員数も少なく、人事も専任ではなく兼務されていることが多いです。また会社の知名度も高くなる前であることが多いので、人材採用は、まさに起業家や幹部人材も含めた総力戦になります。そういう状況では、起業家のやることが多く、肝心の事業に集中できない、あるいは事業を成長させられる仲間が少ないといったことが課題になります。

そのため、ジャフコのHR支援は採用によって、起業家や幹部人材がより重要かつ得意な業務に集中できる体制を作ることをイメージしながら採用活動を行います。また、実際の採用活動では、起業家に採用をコミットしていただくことは大事ですが、採用候補者へのアトラクトなどトップにしかできないことに極力集中してもらえるような業務の巻き取り方を心掛けています。

矢崎 採用活動のHow的な支援をする前に、投資先企業が目指す組織の姿から議論することもあります。企業の事業内容やフェーズごとに必要な人材は違ってくるため、まずは経営者の「壁打ち相手」として事業計画にあわせた組織設計を一緒に検討します。

具体的には、事業計画に基づいた2〜3年後までの組織のあり方を落とし込み、事業計画を達成するために必要な組織能力や人材についての解像度を高めていきます。
最終的には、事業や組織のコンディションにあわせて人員計画をモニタリングできるような状態をつくり、PDCAを回せるところまでサポートすることもあります。

また、人材採用の具体的な支援内容については、投資先企業の状況を踏まえ、採用戦略設計から、採用/母集団形成における型作り、面接官トレーニング、また投資先企業の代わりに一部手を動かすこともあります。
その他、投資先企業等で実績のある転職エージェント・ダイレクトリクルーティング・RPO(Recruitment Process Outsourcing)といった各種採用支援サービスのご紹介や、AI採用エージェントの導入などを支援することで、効率化・高度化を狙っています。

坪井 最近では、シード・アーリー期の投資先企業の採用強化を目的とした「採用広報」の支援にも力を入れています。具体的には、採用活動で活用できる動画コンテンツの企画・制作を提供しています。

投資先企業の起業家・経営者が、映像と肉声を通じて、“体温”の伝わる情報を伝えることで、採用候補者が面接/面談に入る前から企業のイメージを解像度高く持ってもらうことが最大の狙いです。コミュニケーション量・質の両面を向上させることで、採用選考体験をより高めてもらえると感じています。

ミドル・レーターは「組織と人の"成長"」へ貢献

─続いてミドル・レーター期に行う支援の内容について教えてください。

坪井 企業の拡大期にあたるミドル・レーター期では「組織開発・人材開発」をテーマに、組織と人の成長へのサポートを行います。具体的には、組織に対しては「MVV / 文化の醸成」「人事制度の構築」、人に対しては「マネジメント強化の仕組化」を中心に支援しています。

このフェーズでは、事業のPMF(プロダクト・マーケット・フィット)が実証でき、社員も50名から100名、そしてそれ以上に組織拡大し、組織のあり方が大きく変化する段階です。そのため、これまでにはなかった「成長に耐えうる組織づくり」や「人の育成」といった課題への対応が求められます。

こうした課題に対しジャフコは、企業文化のソフト面、人事制度のハード面にアプローチすることが、企業の成長にレバレッジを効かせる取り組みだと考えています。これまでのフェーズと異なる課題に向き合い、50人・100人の壁を乗り越えるために、企業における「個人」としての強さがあった状態から「チーム」としての強さに変化できるような支援を行います。

─MVVや企業文化は、どうしても定量的な評価が難しいという側面があります。ジャフコがHR支援を行ううえで重視しているアプローチはありますか?

矢崎 そうですね。たとえば、ジャフコでは「診断型の組織開発アプローチ」を取り入れています。いわゆるサーベイやアンケート、また場合に応じて、投資先企業の社員へ直接インタビューを行い、社員からの意見やデータを集め、現状の可視化や課題の特定を行ってから、経営者と対話をする取り組みを進めています。
社員数が増えると、見えなくなることも増えるため、客観的に全体を俯瞰したうえで課題の優先順位を決めることが、課題解決の質の向上にもつながります。

組織と人のさらなる成長のために経営者へのコーチングも

─各ステージに共通して行う支援に「エグゼクティブ・コーチング」がありますが、実際にはどのような支援を行うのでしょうか?

坪井 エグゼクティブ・コーチングは、経営者や経営幹部などエグゼクティブ層を対象にコーチングをする支援です。半年間から1年間の期間で、ビジョンの明確化や戦略の実行といった本人が成し遂げたいゴールを定めます。そして、そのゴール達成に向けて、思考や行動に新たな変化を生み出せるように、コーチングスキルを使ってコミュニケーションをしていく取り組みです。私が入社した2022年に開始し、3年間で約20社30人以上の投資先企業の経営陣と625時間の対話をしてきました。

矢崎 過去にさまざまな投資先企業を支援してきたジャフコの知見として、またこれまでの自身の経験からも、成長する企業の経営者の重要な要素の1つに「自ら変わることができる人であるか」という点があると思っています。

「変えなくていけないもの⇔変えてはならないもの」「聞く耳をもつ⇔強い信念」などは一見、対立する概念のようにも見えますが、実際は水面下で、常にアンテナを高く情報を集め、もっと良いものであると気づけば、躊躇なく上書きし、一方で既存を上回るものがなければそれを継続する......という行動がなされていると感じています。

坪井 私自身、コーチをさせていただいている立場として感じるのは、起業家の方の「挑戦心」と「向上心」の強さが企業の成長に比例していくように感じます。「この事業を続ける先にどんなビジョンがあるのか」「組織や社員に対しどんな影響を与えることが大切なのか」といった問いをもち、考え続けているリーダーの方々は魅力的ですよね。

ジャフコのHR支援が「エグゼクティブ・コーチング」を実施しているのも、やはり経営者自身の成長こそ、組織と人の両方にレバレッジが効く支援になると考えているためです。

経営者の強い意志と魅力的な挑戦を、より近くで寄り添い、支えられる取り組みとして、エグゼクティブ・コーチングで起業家自身の成長を支援したいと思っています。

これからの時代に求められる「組織」と「人」のあり方とは

─人の働き方や組織のあり方はこの数年で大きく変化したように思います。HR支援チームから見て、この変化をどのように捉えていますか?

坪井 特に近年は、昔のように1人のカリスマ経営者が企業・事業を伸ばしていくことが難しくなったように思います。それぞれの職種の専門性も高まっていたり、組織の構成も正社員だけでなく業務委託やフリーランスも増えていたりと、仕事の専門化と働き方の多様化が進んでいます。経営者「個人」としての強さだけでなく、経営「チーム」としての強さ、たとえば組織が一枚岩となってビジョンの実現に向けて行動できるかが求められているのだと思います。

矢崎 マーケット全体として、テクノロジーの進化とパンデミックを経験し、個人が会社に依存するのではなく、自律的にキャリアを築く時代へと移行したと捉えています。さらに、個人のキャリア観が変化し「共感できる企業」を選ぶ時代になったからこそ、企業独自の「らしさ」が問われていると考えます。この「らしさ」とは、単なる言葉ではなく、ミッション、ビジョン、バリューといった企業理念を、人事制度や組織文化に落とし込むことで醸成されます。特に、事業フェーズが進むにつれ、この理念と制度の整合性が、組織力を高める上で不可欠になると考えています。
このような戦略的な組織づくりは、優秀な人材の獲得と定着を可能にし、事業・組織の持続的な成長と企業価値向上に直結するため、経営者の皆様と深く伴走していきたいと考えています。

─それでは、最後にこれまでのHR支援のあゆみを踏まえた、HR支援の「これから」を教えてください。

矢崎 前述の通り、人々の働き方や価値観は大きく変化していると捉えています。今後更に多くなっていくであろう変化の中で、HR支援としては、単発的な組織課題への対処だけではなく、中長期的な事業成長を共創するパートナーとしての役割を、より強化して行けたらと思っています。

HR支援チームとして「企業価値向上に資する」「人と組織の課題解決を支援する」という想いを大切に、投資先企業と長期的な視点で深く伴走し、創業期のCxO / 幹部人材の採用から、事業計画に基づく組織設計や採用戦略立案、事業拡大フェーズにおける人事組織の立ち上げや人事制度設計など、HR視点の中で、経営者・人事の皆さんの最も身近な壁打ち相手となり、共に考え、共に手を動かせる存在として在りたいですね。
さらに、人と組織課題解決を踏まえた、事業成長を促進する取り組みの中で、組織の「らしさ」を浸透させ、その企業独自の「強いチーム」づくりに伴走していけたらと思っています。

坪井 直近では、個々の投資先企業を支援するだけでなく、スタートアップが直面する課題とその乗り越え方を発信するナレッジシェアの取り組みも加速させています。例えば、「スタートアップの壁」というタイトルで、投資先企業のリアル体験談に基づく挑戦やその中で感じてきた悩み・葛藤と、そこから得られた示唆を動画コンテンツとして発信する取り組みです。

また、最近はエグゼクティブ・コーチングの取り組みを通じて、CEOのコーチとして活動させていただく中で、各社共通のテーマや課題に向き合うことも増えています。起業家や経営者にとっての重要テーマに対して、コーチングからどんな気づきを得て、どんなアクションに取り組むのか。これらをナレッジシェアできれば、より企業の成長をつくりだすことができるのではないかと考え、形式知化に取り組んでいます。

このように、投資先企業だけでなく、多くのスタートアップにとっても価値ある情報を発信していくことは、長年投資を通じて企業に伴走してきた当社だからできることだと信じ、スタートアップエコシステムへの貢献活動は、これからも模索しながら続けていきたいと思います。