
世界でも前例を見ない「スペースデブリ(宇宙ごみ)除去」等の軌道上サービスを事業化し、持続可能な宇宙環境の実現を目指す株式会社アストロスケールホールディングス(以下「アストロスケール」)。新たな挑戦のステージとして上場(IPO)を見据える中で、同社が直面したのは、複雑化する資金調達や管理体制の構築、そして“CFOとしての判断と責任”という重圧だった。社内に経験者がいない状況のなか、どのようにして「型」をつくり、制度を整え、次のステージに向かう体制を築いていったのか。現場でのリアルな伴走の記録を、同社取締役兼CFO 松山宜弘さん、同ディレクター大辻恵介さんと、当社ビジネスディベロップメント部の形野英智の対話からひもとく。
【プロフィール】
株式会社アストロスケールホールディングス 取締役兼CFO 松山宜弘(まつやま・のぶひろ)
2021年12月にアストロスケールの最高財務責任者(CFO)に就任。ゴールドマン・サックス等で12年超培ったグローバルな投資銀行業務の経験を活かし、同社の財務戦略を主導する。同社入社以前は債券や株式の発行、M&Aのアドバイザリー業務等に従事。日本のベンチャー企業への投資実績も多数有する。2009年東京工業大学工学部卒。
株式会社アストロスケールホールディングス ディレクターオブファイナンス 大辻恵介(おおつじ・けいすけ)
東京大学経済学部卒業後、公認会計士資格を取得。デロイト・トーマツグループの監査法人を経て、2018 年11 月にアストロスケールへ入社。ディレクターオブファイナンスとして株式上場準備、財務戦略・事業計画立案、資金調達(私募・融資・IPO・PO)、法定開示・適時開示、IRなどを担当。
【What's 株式会社アストロスケールホールディングス】
軌道上サービスの世界的リーダーとして、安全で持続可能な宇宙開発に貢献する企業。衛星の寿命延長、故障機の観測・点検、デブリ化防止・除去など、多様で革新的な軌道上サービスを提供し、2021年以降、ELSA-d・ADRAS-Jのミッションで軌道上での実証に成功。その技術は宇宙航空研究開発機構(JAXA)や米国宇宙軍、欧州宇宙機関(ESA)との先駆的なミッションに採用されており、日本を本社に英国、米国、フランス、イスラエルとグローバルに事業を展開。
足かけ6年。IPO準備で重ねた信頼関係
──はじめに、アストロスケールとおふたりの現在のご担当について教えてください。
松山:私たちアストロスケールは「宇宙ごみの除去」という、世界共通にしてこれまで誰も本格的に取り組んでこなかった領域に挑むスタートアップです。私は2021年12月にCFOとして参画しました。米投資銀行等で12年超のキャリアを積んだ後、次のキャリアを模索していたときに創業者の岡田(光信)と出会い、壮大な夢を語る情熱に心動かされたのがきっかけです。遡れば大学での専攻は土木工学でしたので、ファイナンスの知見を使ってエンジニアリングを支えるという役割は、私のバックグラウンドとも非常にマッチしていたのだと思います。以後、IPO準備やその前後における資金調達や経営管理などコーポレートを中心に見ています。

大辻:私はファイナンスチームに所属し、松山とともに資金調達の実務や財務戦略の立案、さらには管理部門の制度設計などに携わっています。もともとは監査法人で働いていましたが、たまたま岡田とテニスコートで出会ったことがきっかけで、よりチャレンジングな環境で事業づくりに関わりたいと思い、2018年に入社しました。ジャフコの形野さんには当時からずっとお世話になっています。

──2024年6月の株式上場(東証グロース市場)は、日本の宇宙開発系スタートアップにとって大きな前進となりました。しかし、その道のりは決して平坦ではなかったとか。
松山:ふり返っても、苦労の連続でしたね(笑)。中でも一番心を砕いたのが、市場に出るタイミングでした。当社の事業はとにかく多額の資金を要するので、できるだけ早期の上場を目指したいと考えていましたが、市場環境と事業進捗のバランスを見極める必要がありました。前例のない新しい事業領域ゆえに、投資家の理解もすぐには得られず、説明に時間を要しました。結果として、ベストな時期に上場できたのではないかと思っていますが、ジャフコさんには継続的に相談に乗っていただきました。
形野:たしかに時間はかかりましたね。私が直接関わるようになってからは6年でしょうか。当初はシンガポール法人を申請会社として上場する計画でスタートしたものの、やはり日本法人での上場申請を目指す方針転換があり、半年ほどかけてインバージョン(組織再編)を行うことに。そこからさらに時間をかけて慎重に市場を見極めながら準備を進めていきました。市場は生き物ですし、企業の成長過程にもいろんなことが起こります。背伸びをして上場すると、どうしても後からほころびが出ます。そうではなくて、いつでも出られる準備だけは着々と進めておく。御社はいい意味で正当な、地に足の着いた上場プロセスを踏まれたのではないかと思います。

数えきれないほどの事例の引き出し
――形野さんをはじめとするジャフコのチームから、具体的にどんな支援がなされたのでしょうか?
大辻:IPOに向けて準備を進めるにあたり、社内にはまだ必要な体制が整っておらず、「どこから手を付ければいいのか」を日々模索している状況でした。特に私たちのような技術開発系のスタートアップでは、ビジョンやプロダクトに突出した求心力があったとしても、バックオフィスの体制は後回しになりがちです。しかしながら、市場から信頼を得る経営を実現するには、日常のオペレーションを堅実に回す体制整備が不可欠。自分たちの経験や知見が圧倒的に不足していたこの部分を、ジャフコさんは熱心に補ってくださいました。
松山:数あるVCの中でも、ジャフコさんの強みだと感じるのは、「引き出しの豊富さ」と「支援の深さ」です。上場に向けたガバナンス強化を進める上でどういう規程を押さえるべきか、そして、そのためにどんな対策をとるべきなのか。数え切れないほどの事例を提供してもらえるのが、ありがたかったですね。
大辻:一般的なルールや教科書的な知識を集めるだけでは対応できない複雑な現場の問題が起きたときにも、豊富な経験に基づいてアドバイスをいただける。たとえば、社内の稟議フローをどう設計するか、予実管理をどの指標で実施するかといった細部に関しても、私たちの状況に合わせて「まずはこの観点から整えていきましょう」と一緒に手を動かしながら実践的なアドバイスをくださったんです。実際、私たちが日常的に使った業務担当表には、「形野名人」という愛称で、形野さんの名前も記載していました(笑)。初期のフェーズではアドバイスに留まらず、まずご自身で実際に手を動かしてやり方を実際に見せてくれる場面も多く、この点も大変助かりました。

──「支援」というより、まさに「伴走」という表現が近いですね。
松山:おっしゃる通りです。しかも一方的に入り込むのではなく、「この先は自走できるようにしましょう」と常に自立を前提に支援してくれる。そのバランス感覚もありがたかったですね。
目指すのは、自走できる仕組みづくり
形野:私たちが目指しているのは、単なる“お手伝い”ではなく、投資先のスタートアップが自走できる仕組みづくりです。実務面でお困りのときは遠慮なく頼っていただいていいんですが、最終的には「アストロスケールとしてどうあるべきか」を経営陣が主体的に判断できるように整えていく。その一歩先を見据えた関わり方を意識しています。
大辻:当時、他にもいくつかのVCとご一緒しており、皆様それぞれが当社をサポートしてくださいました。支援の深度や頻度は状況によって変わると思いますが、その中でもジャフコさんは特に我々投資先企業の方を全面的に向いてくれていると感じられ、だからこそ我々もジャフコさんを100%信頼することができました。特に形野さんは我々にとっては精神的な支柱にもなっていました。
あるとき、判断に迷う場面があって、夜に急遽連絡を差し上げたことがありました。上場準備を進める中では様々な規程を整備、運用していく必要がありますが、スタートアップにこれらのルールを適用していく過渡期には、どうしても実態が追い付かない局面が出てきます。私自身初めての上場準備でしたので、こうした事案にどう向き合うべきか悩んでいました。形野さんは「今の現状をごまかさず、事実をきちんと説明することが大切で、そのうえで今後の道筋をしっかりと示し、実際に改善が進む過程を見せていくことが各所の信頼につながる」と慌てることもなく話してくれました。

形野:そんなこともありましたね。ちょうど、銭湯に入ったばかりのタイミングで電話がかかってきて驚きました(笑)。
大辻:そうだったんですね、大切なお時間を邪魔してしまいすみません(笑)実際、その方向で対応を進めた結果、社内外からの理解も得られ、問題なく進めることができました。それ以外の場面でも、法務や会計まわりの整備を進める中で、悩んだことや迷ったことが何度もありましたが、解決の糸口をすぐに示してくれる。お人柄は静かな佇まいでありながら、経験の厚みと迫力を感じます。
形野:うれしいお言葉ではありますが、会社を成長させるのはやはり「人」です。アストロスケールという会社に、そのビジョンに共鳴して素晴らしい人材が集まってきた。それが何よりの成長エンジンだったはずです。私の仕事は、バックオフィス支援を通じて皆さんが仕事をしやすい環境整備を手伝うこと。
営業や開発ももちろん重要ですが、コーポレートは会社を支える屋台骨です。お城でいえば石垣のような礎の部分に、いかにキーマンを据えて力を発揮していただくかが重要なんです。その意味で、初期の体制構築を担った大辻さんに続いて、松山さんが参画したのは大きな前進でしたね。大辻さんは実はご兄弟でアストロスケールに入社されていて、弟の祐介さんも開示の実務で非常に重要な役割を果たされていました。
選択肢を共につくる支援
――CFOとして就任した松山さんが上場準備において重視したこととは? また、ジャフコはどんな役割を果たしましたか?
松山:CFOの機能は多岐にわたりますが、最も重要なのは「リソースアロケーション」だと考えています。その状況において、投資家が求めていることが何であり、対して事業の現状はどうなっていて、会社のリソースとして何が使えるのか。全体を把握したうえで、的確にリソースを配分・配置する戦略を立て、経営陣と対等に議論し、投資家にロジカルに説明することで、市場の信頼に足る「組織体制のデザイン」ができあがっていくものだと思っています。この組織体制のデザインに向けて必要な現状把握や仕組みづくりに、ジャフコさんの伴走支援は欠かせませんでした。たとえば、上場前後にはアカウンティングの人員を強化したのですが、その意思決定においても相談に乗っていただきました。
加えて、上場準備以外の資本政策でもバックアップをしていただけたことも、ありがたかったですね。

──具体的にはどのような支援だったのでしょうか?
松山:会社にとってIPOはゴールではなく、あくまで経営判断の選択肢の一つだと捉えています。だからこそ、スケジュールに変動があったり、外部環境が変わったりした際に、選択肢をどう再構築するかが重要です。
実際、上場時期が当初想定よりも後ろ倒しになる可能性が出てきた時は、私募調達のプロジェクトをすぐに立ち上げるなど、IPO以外の選択肢も常に揃えていました。ジャフコさんはいつも迅速に動いてくださって、資本政策をその時々で柔軟に見直す過程に常に伴走してくれました。ただの「上場支援」にとどまらず、その時々でアストロスケールにとってベストな道を一緒に探ってくれる姿勢がありがたかったです。
形野:急成長を目指すスタートアップほど、経営陣に対してしっかりと物申し、方針を示すことができるCFOが必要です。松山さんはまさにそんな方だと思います。
松山:そうありたいと思っています。宇宙開発分野に挑戦する私たちを取り巻く環境は、常に変化しています。状況が変化する中でも、焦らず、正確に情報を整理し、判断と伝達の軸をぶらさないことが大切です。CFOは、経営陣と現場、投資家との間に立って、異なる視点をつなぐハブになれる存在だと信じています。
「人の価値」の支援が、企業価値向上につながる
──その考えを実行に移す上で、形野さんの支援はどう響いていたのでしょう。
松山:先ほど大辻が「精神的支柱」と表現していましたが、私にとっても形野さんの存在は大きかったですね。こちらが迷っているときでも、形野さんは動じない。冷静に話を聞き、静かに道筋を提示してくださる。様々なスタートアップと共に多くの課題を乗り越えていた経験からくる姿勢は、自分自身がCFOとしてどうあるべきかを考えるうえでも大きな示唆になりました。経営には判断の連続がありますが、「一緒に考えてくれる存在」がいることが、どれだけ心強いかを実感しました。
形野:上場のプロセスは、それに関わる人たちがスキルアップできる貴重なフィールドなんですよ。だからこそ、伸びしろとセンスのある人材を採用することが重要だと思っていますし、会社はもちろん人も急成長していく目覚ましい変化に立ち会えることが私のやりがいです。
企業価値とはすなわち「人の価値」。その価値を高める支援することが私の仕事であると思っています。

──スタートアップに向けたバックオフィス支援がいかに重要であるかが伝わってきました。
大辻:本当にそうです。ジャフコさんのように“支援する側”のプロとしての姿勢を見せてくれる人たちがいてくれると、我々自身も背筋が伸びます。
松山:私たちは宇宙という新領域で挑戦を続けています。ここから先にどんな山が待っているかわかりません。でも、その道のりを“支えてくれる人”がいるという安心感は、何よりも心強いと感じます。支援とは、ただのアドバイスや情報提供ではなく、「共に考え、共に動く」こと。ジャフコさんとご一緒する中で、そのことを実感できたように思います。
上場後は経営に求められるレベルも上がったと実感する日々を送っていますが、今日、形野さんとお話できて、あらためて当時のことを思い出し、初心に立ち返ることができました。これからもよろしくお願いします。
形野:こちらこそ、よろしくお願いします。本日はどうもありがとうございました。
