投資先支援のリアル

プロ経営者は、なぜコーチングを求めたのか ウォーターフロント・𠮷野社長が挑んだ組織改革 2年3カ月間の「問い」の伴走

機能性とデザイン性を併せ持つ日傘・雨傘のブランド「Waterfront」などを展開する株式会社ウォーターフロント。傘業界のリーディングカンパニーとして業績を伸ばす同社だが、“プロ経営者”として実績のある𠮷野哲氏が社長の座を引き継いだ2023年当時は、経営の変革が迫られる大きな転換期を迎えていたという。赤字からのV字回復、そして2025年12月期には過去最高業績の更新を成し遂げた軌跡の裏には、JAFCOが提供した2年3か月に及ぶCEOコーチングという「思考の伴走」があった。

【プロフィール】
株式会社ウォーターフロント 代表取締役 𠮷野 哲(よしの・さとし)
伊勢丹(現三越伊勢丹)入社。バイヤーや金融子会社を経て、サザビー(現サザビーリーグ)にて「エストネーション」の設立・多店舗展開に尽力。2004年に経営再生中の福助へ移り、翌年より10年間代表取締役社長を務める。在任中はM&Aや海外進出を牽引し、同社の完全子会社化を見届け退任。その後、タオル美術館グループの社長やソトーの社外取締役を歴任。2023年に株式会社ウォーターフロント代表取締役に就任し、2025年12月に株式会社TSIホールディングスに譲渡。

ジャフコ グループ株式会社 坪井 一樹(つぼい・かずき)
東京理科大学経営工学部を卒業後、組織人事系コンサルティングファーム、IT系スタートアップ、デジタルガレージやDeNAといった企業での事業・組織づくりの経験を経て、2022年8月当社入社。ビジネスディベロップメント部のHR支援チームに所属し、HRBP(Human Resources Business Partner)として、投資先の人材獲得や組織開発に従事。また、CEOコーチとして、起業家や経営者を中心にエグゼクティブコーチングによる個の成長を支援。YouTube企画「スタートアップの壁」・「Inside the Vision」の企画・運営・インタビュアーを担当。

プロ経営者ならではの「全能感」という罠

――𠮷野社長は社長就任以来、2年3カ月にわたってジャフコが提供する「CEOコーチング」を毎月受けてきたそうですね。支援を求めたきっかけを教えてください。

𠮷野 私が2023年3月に社長を引き継いだ当時、ウォーターフロントはコロナ禍での苦戦の影響が残る厳しい局面にありました。2022年12月期は売上高14億円に対し、営業損益が6600万円の赤字。社内の雰囲気も、正直言って暗かったですね。しかし、コロナ明けで社会活動が回復する中で徐々に売り上げも戻り始め、「ここから新たな成長シナリオを描いていくぞ」という転換期を迎える中で、大きな経営課題に直面したのです。それが「自走型組織への転換」という課題です。

社員たちはみな真面目なのですが、長年続いた創業社長による強力なトップダウン経営の影響か、日々の業務を進める場面の至るところで「自分たちで決めていいのか」という迷いが出てしまう。現場を取り仕切るマネジャーが主役となって、自ら考え自ら動く企業風土をつくっていくことが重要だと強く感じていたときに、ジャフコさんから「経営者向けにコーチングの機会を提供しています。𠮷野さんも受けませんか?」と聞かれ、「ぜひお願いします」とお答えしたんです。

――𠮷野社長はレッグウェアの福助株式会社などいくつもの企業再建で実績をあげてきた、いわゆる“プロ経営者”として知られる存在です。それでもコーチングを必要だと感じたのでしょうか?

𠮷野 たしかに私はこれまでもいくつか会社経営の経験はしてきました。でも、だからこそ「今の自分にはコーチングが必要だ」と感じたんです。トップの経験を重ねると、どうしても「経営については自分が一番分かっているんじゃないか」と思い込んでしまう。一番いけないのは、そのまま「全能感」を持って独りよがりの意思決定に偏ること。すると会社はおかしな方向へと転落してしまうという状況をこれまでも見てきました。

「自分のOS」をアップデートし続けるためにも、また、会社としても新たな挑戦をしようとするタイミングに第三者視点を取り入れるのはいいことだと考えたんです。

――コーチングに対して最初から前向きな導入だったのですね。

𠮷野  今だから言いますけど、最初はちょっと警戒もしましたよ(笑)。「ジャフコという株主から、いかに企業価値を上げるための訓練をされるのかな?」という、一種の監視のようなイメージも頭をよぎりました。過去には、異なるファンドの株主から「もっと早く成果を出せ」と詰められる場を何度も経験してきましたから。でも、初回のコーチングを受けてすぐにその心配は消えましたね。

坪井 コーチングを実施する前には必ず「プレコーチング」といって、コーチングの目的や手法をお伝えする目線合わせの機会をいただいています。私たちが提供するコーチングは、特定のノウハウを教育・指導するティーチングではなく、あくまで経営者ご自身の思考や意識を明らかにして、目的にかなう意思決定と行動変容へとつなげることを目指すものです。𠮷野さんにもその説明を差し上げた上で、「本当に𠮷野さんにコーチングは必要ありますか?」とあえてお聞きしたのを覚えています。𠮷野さんのような百戦錬磨の経営者にとって形だけの対話は何の意味も持ちません。コーチングとは何かという目線合わせを徹底し、𠮷野さんと共にスタートラインに立つことが大事だと考えたのです。ご理解をいただいたことを確認してから、月1回のペースでコーチングセッションを継続いただきました。2025年12月に株式会社TSIホールディングスに株式譲渡をするまで、計26回も対話のお時間をいただきましたね。

「Doing」からさらに深く、「Being」の思考へ

――コーチングセッションでは、どんなテーマについてお話をしていたのでしょうか?

𠮷野 セッションを重ねる中で一貫していたのは「自走する組織をいかにつくるか」というゴールです。そのための風土づくりや仕組みづくりを議論しましたが、坪井さんの問いを受けるうちに、次第に核心は「私がいかに振る舞うか」という内面的なもの、つまり「Being(どうありたいか)」へ移っていきました。

経営の手法やアクション、つまり「何をすべきか(Doing)」については、これまでの自分の経験から選択肢がいくつか浮かびます。でも、坪井さんはそこからさらに深く「𠮷野さんはどうありたいんですか?」「その行動は、ありたい自分に沿っていますか?」と問いかけてくるんです。ナンバー2人材の育成に取り組んでいた時も、私はつい「相手にどうしてほしいか」ばかり考えていたのですが、坪井さんの「相手を促すために、𠮷野さんご自身はどうあるべきだと思いますか?」という問いによって、目線のベクトルを自分自身に戻すことができたのです。ありがたかったですね。

坪井 経営者の影響力が強い組織ほど、経営者ご自身が考えた指示通りに動いてもらったほうが早いし成果が出ると感じ、それを周りが「YES」と言ってやる組織になってしまいがちです。しかし、𠮷野さんが目指す「自走型組織」をつくるなら、そのリーダーシップは変えなければならない。𠮷野さんが組織に対してどういう影響力の発揮をすればいいのか。それを「問い」や「フィードバック」の形で投げかけ、𠮷野さんの深い引き出しを、今の組織に最適な形で開けていく。思考の「補助線」を引くイメージで対話を続けました。

「遠くからガン見する」――介入を我慢した先に見た景色

𠮷野  僕はつい細かいところが気になって手を出したくなっちゃうんですが、坪井さんと対話をしているうちに、自分が理想とするのは「メンバーを信じて任せる経営者」だと腹が決まりました。では、どうしたらその経営者像を体現できるのか。その思考の過程で坪井さんからもらった言葉が、「遠くからガン見する」というパワーワードでした。

――非常にユニークな表現ですね。具体的にはどのような意識の変化だったのでしょうか。

𠮷野  距離は置くけれど、関心は向け続ける。強い問題意識を持って、じっと見守るということです。介入したいのをぐっと堪えて、マネジャーたちが自分たちで考え、決めるのを待つ。あえて「言わない勇気」を持つことの難しさを、セッションでは何度も共有しました。他にも、会議での「ファシリテーションのあり方」についても何回かテーマとして話をしました。自分が喋りすぎていないか、相手の思考を奪っていないか、といった振り返りですね。

こうした時間を重ねた結果、徐々に社員の行動にも変化が見られてきました。現場のメンバーが企画したオリジナル商品をECで売って「楽天で1位になった!」と喜び合っている様子を見たときはグッときましたね。それまでは卸業が中心だった組織が、直営専売の商品を自分たちで作るところから始め、その成果を自分たちの成果として喜んでいる。まさに私が作りたかった「自走力」が芽生えた瞬間でした。

坪井  私が過去3年間で約500時間実施したCEOコーチングで記録していた内容を分析したところ、経営者が対峙するテーマは大きく分けて4つに分類できました。𠮷野さんのセッションをふりかえると、ご自身の「あり方」や「影響力」についての対話が多く、特に「リーダーシップ」の課題にフォーカスしているのが特徴だったと思います。

――坪井さんが経営者向けにコーチングを行う際に、共通して意識していることはありますか?

坪井 「ヒト」と「コト」の両面に向き合う姿勢です。その時々の課題に応じて、目指すべき成果(コト)に向かうための、経営者自身のあり方(ヒト)も整えていくイメージです。𠮷野さんの場合ですと、「自走する組織づくり」という「コト」の課題を達成するための、ご自身のあり方という「ヒト」の課題についても同等に対話の中心に据えていました。

𠮷野 途中で「ナンバー2候補の離脱」という想定外だった出来事もありましたが、その原因となった私自身のあり方の問題点さえも、俯瞰して捉えることができたのはコーチングの力でした。このときの学びを活かし、今では現場で育ったチームの中から自然と次世代リーダーが生まれてくる流れができています。回り道はしましたが、より理想の経営スタイルに近づけました。結果として業績もみるみる回復し、2025年12月期は過去最高の業績を達成することができました。月に1回、自分の経営者としてのあり方を振り返る時間が、いかに有意義だったかを実感しています。

中長期の成長につながる「本質的な強さ」を支えてくれた

𠮷野 坪井さんは「問いの力」を発揮されるだけでなく、人や組織に関する知識も非常に豊富にお持ちなんですよ。たとえば、人材育成の現場で活用されているナレッジの一つとして伺った、人の感受性にも「問題感受性」「状況感受性」「対人感受性」のように複数の種類があって、人によってどれが強いかが異なるという話。「そのリーダーはどんな感受性が強いタイプでしょう?」と問いかけられたことで、私の思考がさらに発展しました。坪井さんはそうやって様々なフレームワークや、他の経営者との対話で得た知見を持ち出しながら、新しい視点を与えてくれるんです。

坪井 これまでの経験や知見から「思考の補助線」を引くことで、𠮷野さんの思考に影響を与えることができれば、自然と行動も変わって成果も変わります。それが私の役割です。単に思考を整理するだけでなく、新たな視点を得て、実際の経営で「使えるもの」にしていただく。そんな支援を目指しています。

𠮷野 ファンドによっては「早く結果を出してほしい」と急かす姿勢のところもありますが、ジャフコさんは根本的に違います。会社が中長期で長く成長し続けられる「本質的な強さ」を支援してくれる。コーチングだけでなく、人材獲得や営業実務の支援も含め、総合的に強い会社へと磨いていただいた。これには本当に感謝しています。

――坪井さんのコーチングにはどんな印象をお持ちですか?

𠮷野 坪井さんのコーチングは、話しているうちに本来の自分がどんどん引き出されていくんです。そこから整理していろんなことが改めて見えてくる。「今日は思考が深まったな」と実感できたときには、とても爽快な気分になるんですよ。視界がバーッと開けて「やるぞ!」とすぐに仕事を始めたくなる。経営者仲間に相談するのと違うのは、相手の意見を求めて学ぶのではなく、あくまで自分自身の考えに向き合い、自分自身が本当に取り組んだほうが良いと感じることを明らかにできる効果がある点です。

坪井 主役はあくまで𠮷野さんです。𠮷野さんの行動の「前進」と感情の「前心」が進んでいることが大事。思考の整理を超えて、さらにその先を見る余裕が生まれたり、より先の行動が生まれやすくなったりするような時間を共有したいと考えています。

経営者こそ必要な自己改革を「問いの力」で促進する

𠮷野 コーチングを始めて間もない頃、私が何度か「もう歳だからね」と漏らしたことがありました。自分では照れ隠しというか、何気ない言葉のつもりだったんですが、坪井さんに「それは言わないほうがいい」と制されまして(笑)。

坪井 ええ。あの時、𠮷野さんがご自身の判断をするときに「年齢」という要素を一つ挟んでしまうことで、無意識に“ブレーキ”をかけているように感じたんです。𠮷野さんは常に進化し続けているのに、それをエクスクューズ(言い訳)に使ったり、逆にキャリアを盾に周囲を牽制したりすることにつながってしまう。もっと思い切り「ありたい自分」に向かって挑戦していただきたい、そのブレーキを外すのが私の役割だと思ってお伝えさせていただきました。

𠮷野 自分が自分の枠を決めていたんだと、ハッとしましたね。それ以来、社内でもその言葉は封印しました。柔らかで丁重な語り口でありながら、言うべきことはズバリと言ってくださるのはありがたかったです。

坪井 私のほうこそ、𠮷野さんの謙虚なご姿勢に学ばせていただきました。

――経営者がコーチングの時間を重ねる意義をどのように感じていますか?

𠮷野 経営者は、過去の成功体験に頼ってしまいがちですが、時代の流れや会社のステージによって、自分をアップデートし続けなくてはいけません。私のようにいくつかの会社を渡り歩いていると、過去の成功体験やノウハウは自然と身に着くかもしれませんが、「ありたい姿」は常に更新していくべきものなのでしょう。「自分のスタイルはこれだ」と固定せず、その都度、再設計(リデザイン)する力が必要です。過去に頼らず、その都度自己改革をする。それが経営者に必要な資質ではないでしょうか。今回の26回にわたるコーチングは、まさにその「変化する力」を支えてくれました。

――最後に、𠮷野社長にとって「コーチング」の価値を一言で表すと、どんな言葉になりますか。

𠮷野: 私にとってコーチングとは、「ありたい自分を見つけ、引き出してくれる時間」ですね。一定のキャリアを積んできた人間でも、自分を見直すことは大変有意義だ、ということを身をもって感じました。自分を客観視し、自己改革を続ける謙虚さこそが、会社を次のステージへ引き上げる唯一の道だと確信しています。この価値を最大化するために、経験豊富な経営者こそフラットに、構えず受ける姿勢を持つことが大事でしょうね。過去の功績ではなく、「今」と「これから」についての思考により多くの時間を費やす。未来志向で成長を続ける経営者であり続けるためにとても有効だと実感したので、周囲の経営者にもぜひすすめたいと思っています。

坪井  経営者として素晴らしい成果を出しながら、ご自身の成長にも真摯に向き合い続ける𠮷野さんに伴走ができたことを、心からうれしく思います。ありがとうございました。