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59歳で果たした3社目の起業。「個」の力を最大化し、大企業のイノベーションを実現する
59歳で果たした3社目の起業。「個」の力を最大化し、大企業のイノベーションを実現する

起業を決めた背景や、事業が軌道に乗るまでの葛藤、事業を通じて実現したい想いを聞く「起業家の志」。
第26回は、Beatrust株式会社 代表取締役CEOの原邦雄氏に登場いただきました。担当キャピタリスト藤井淳史からの視点と共に、これからの事業の挑戦についてお話を伺いました。


【プロフィール】
Beatrust株式会社 代表取締役CEO 原 邦雄(はら・くにお)
慶応義塾大学卒業後、住友商事に入社。1989年米国コロンビア大学でMBA取得。その後ソフトバンクで事業開発に従事した後、シリコンバレーに居を移し、米国シリコングラフィックス社に勤務、2000年にスタートアップ向けビジネス開発のコンサルティング会社を現地で創業・経営。シリコンバレー在住10年を経て、オンラインマーケティングのベンチャー企業を設立。事業譲渡後、日本マイクロソフトの広告営業日本代表等を経てグーグルへ入社。執行役員 営業本部長として主に広告代理店営業を統括。2018年から同社にて各種組織横断的戦略プロジェクトをリード。20203月にBeatrustを共同創業。


What's Beatrust株式会社】
Beatrust2020年に設立された、個人の経験やスキルを可視化して協業を促進するプラットフォームを提供するスタートアップ。グローバルな知見・経験を持つメンバーによって提供される"Beatrust People", "Beatrust Ask"といったプロダクトを軸に、世界中の組織の皆様がより最高の自分を表現しながらコラボレーションできる環境の構築を目指して、クラウドソフトウェアサービスの開発を行っている。


Portfolio



「日本の大企業はイノベーションが起こりにくい」という現状を変える

グーグル日本法人にいらっしゃった原様がBeatrustを設立することになった経緯をお聞かせください。

 グーグルには7年半おり、前半は執行役員兼営業本部長としてグーグルのメインビジネスである広告事業に、後半はグーグルのテクノロジーやアセットを駆使し、日本のマーケットに貢献していくための社内横断プロジェクトに携わりました。プロジェクト内容は大きく3つ。東京オリンピック2020のスポンサード、スタートアップへの投資や支援、そしてBeatrust設立の直接的なきっかけとなった大企業のイノベーション支援です。

日本の大企業の幹部の方々とお話しして、イノベーションを起こしたいけれど起こせないという悩みをよく聞きました。私も新卒で入社したのは住友商事という大企業でしたので、その実情がよく理解できました。優秀な人が集まり、情熱もあるのに、イノベーションが起きにくいのはなぜか。私は2つのことが起因していると考えました。

1つは、風土。シリコンバレー風のオープンでフラットコラボレーティブ、皆が一緒に失敗を恐れず挑戦する風土があるか。もう1つは、その風土改革を後押しするデジタルインフラや制度が整っているか。大企業の風土を直接変えることは難しいですが、インフラ提供を通じて風土を変えるお手伝いはできる。そう考え、グーグルのスタートアップ支援プロジェクトで同じチームだった久米雅人と共同創業しました。


イノベーションを支援するデジタルインフラを開発するにあたり、重視したポイントは?

 「人の可視化」です。グーグルの従業員は世界に12万人いて、中途入社も多い。その中でプロジェクトに適した人を集めるには、その人の強みやスキル、前職での経験等がわかるかどうかで組成の効果性が変わってくることを実感していました。グーグルには様々な内製ツールがあったり、さらに「従業員は、勤務時間の20%を自分自身のやりたいプロジェクトに費やさなければならない」という20%ルールがあるので、特定のテーマに適した人をすぐに集めて23か月でプロジェクトを立ち上げることが可能でした。

このような大手米国IT企業での経験からインスピレーションを得て、そうした活動が他の企業でも起こせるようなサポートをしたいと思い開発したのが人材情報を可視化して協業・共創を活性化するプラットフォーム『Beatrust』。一人ひとりのスキルや経験を「タグ」で可視化できるのが特徴です。タグは、自分でつける、人につけてもらう、AIに自動抽出してもらう、という3通りの作成方法があり、誰でも自己表現しやすいよう工夫しています。

人を可視化し、その後のマッチングを促す機能としては、「Beatrust Ask」機能というものがあります。「こういう課題を解決したいのですが、こういう人はいませんか?」と投稿すると、AIが適切な人を分析し、その人をターゲティングして質問を飛ばしてくれるというもの。広範囲に向けて発信してもスルーされがちなので、興味を持ってくれる可能性が高い人にピンポイントでアプローチできます。今後は同じタグを持つ人同士のコミュニティスペースを自動生成し、そこでも課題や要望をシェアできるようにする予定です。

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イノベーションが頻発するシリコンバレーの企業では、こうしたデジタルインフラは大抵整っているものなのですか。

 シリコンバレーの大企業は、グーグルのように社内で開発された社員検索ツールを使っているケースが多いですね。一方で日本企業は、今でも昔ながらの電話帳のような方法で社員を管理していたりします。

ただ、人の可視化をするツール提供だけでは風土改革を後押しすることは難しいとも思っています。なぜなら、人の可視化を浸透させるためには、自分の本当の強みをさらけ出して表現できる心理的安全性の高い組織や、さらには自分をさらけ出すことが成功体験として戻ってくる組織が必要になるからです。

マッチング段階においても、「部署の違う先輩に声をかけたら失礼なのでは」「上司を通したほうがいいのでは」といった忖度がどうしてもあり、その価値観を変えなければ次のアクションには結びつきにくいのが事実。そこは今まさにチャレンジしている部分です。

まずは導入先企業と対話し、組織課題が何で、『Beatrust』を使って何を解決したいのか、KPIKGIを一緒に設定。トライアルを通じて会社ごとの傾向を分析しながら、課題解決に向けて伴走していくのです。人の可視化だけではなく、企業へのオンボーディングやテクノロジーを活用して、組織目標を達成するための支援も行っています。


Beatrust』を導入する企業は、どんな課題感を持っているケースが多いですか。

 共通課題として挙がるのは、新しい働き方、ハイブリッド型ワークスタイルにいかに対応するか。『Beatrust』は「タレントマネジメント」ではなく「タレントコラボレーション」を謳っており、人事や管理職ではなく社員のためのツール。そうしたツールは他にないので、そこに魅力を感じていただいています。

ニーズのある部署としては、コラボレートしてこそイノベーションが起きるのに横の繋がりが弱い研究開発部門、クライアント情報を引き継ぐ必要のある営業部門、社内横断的にコラボレートして新しいものを生み出す新規事業・DX部門。そうした現場の課題感を持っている役員クラスの方から興味を持っていただくことが多いです。


事業の「ポテンシャル」を信じて評価してくれた

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左からジャフコ担当キャピタリストの髙橋イリアBeatrust共同創業者の久米雅人氏、Beatrust代表取締役CEOの原邦雄氏、ジャフコ担当キャピタリストの藤井淳史


今回、ジャフコのリード投資による資金調達をされました。担当キャピタリストとの出会いをお聞かせください。

 藤井さんが投資を担当された、LegalForceの角田社長からの紹介です。角田さんとは赤坂のバーで偶然隣り合わせた時に知り合い、後に「シードのリード投資家を探している」と相談したところ藤井さんを紹介してくれたのです。抜群の安定感のある方だと。


藤井 ありがとうございます(笑)。初回面談は20203月、1回目の緊急事態宣言が発令される直前でしたよね。原さんは当時まだグーグルにいらっしゃって、本社に伺うことになっていたのですが、コロナの影響で警備員の方に止められてしまって...。近くの喫茶店で事業構想等をお聞きしました。


最初の原様の印象、事業の印象はどうでしたか。

藤井 素晴らしいご経歴と肩書をお持ちなのに、なぜ起業されるのだろう?と純粋に気になりました。お話ししてみると、発想やバイタリティがご年齢と比較してとても若い方だなとも感じました。事業構想については、私も日本の大企業が大企業ならではのメリットを活かし切れていないと常々感じており、働き方改革の潮流に合っていることも含めて興味を持ちました。ただ、効果が出るまで時間がかかりそうな事業であること、さらにコロナ禍で先が読めない状況だったこともあり、その時はファイナンスを見送らせていただいたのです。


 藤井さんには「きちんと実績を出してから次のラウンドでまたお話しさせてください」とお願いして、20206月にシードの資金調達を完了、202110月に再び調達活動を始めた時にまたご連絡させていただきました。他のVCにもお声がけはしましたが、今後長いお付き合いができて、大企業向けの事業に理解があり、海外進出時にも支援いただけるVCとなると数はそう多くありませんでした。

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その中でリード投資家をジャフコに決めた理由は?

 一番はやはり、担当の藤井さんと髙橋さんとの相性ですね。実力や経験やネットワークをお持ちであることはもちろん前提の上で、一緒にやりやすいこと、弊社を理解して応援してくださることが決め手になりました。事業が成功するかどうかは、やったことのない挑戦なので最後は誰にもわからない。その中でジャフコさんは弊社の事業のポテンシャルを信じて評価してくれました。そういうVCは実は少なかったんです。


現在はどのような支援を受けていますか。

 まだキックオフ直後なので、マンスリーで定例ミーティングを実施し、今後ご支援いただきたい内容について話し合っています。顧客紹介、ラージエンタープライズ経験者の採用、今後のスケールに向けたPR、海外進出に向けた顧客紹介や調査協力等です。海外進出については、あえてリテラシーの高い地域から展開しようということで、今年中にアメリカの数社でパイロット運用を始めたいと考えています。海外で通用する日本のスタートアップはまだほとんどないので、先例をつくれるように積極的に挑んでいきたいですね。


今のお互いの印象をお聞かせください。

 藤井さんは起業家目線で話をしてくださる方。VCとしての意見だけでなく、本音も正直に話してくれるので、非常に信頼できます。起業家のやる気を引き出せるタイプのキャピタリストだと思います。


藤井
 そう仰っていただけて恐縮です。原さんは実行力のある起業家。お会いした当初は、企業文化の変革には時間がかかると思っていましたが、コロナ禍の後押しもあり、再び面談させていただいた時には大企業への導入が驚くくらいに進んでいたんです。「実行力がある」と言うと根性論のようなイメージを持たれるかもしれませんが、原さんは実行までの組み立て方がとても上手でスマート。若い経営者と変わらない感覚やパッションと、若い経営者が持っていない豊富な経験、両方を兼ね備えたハイブリッドタイプだと感じています。

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「個」を応援するプラットフォームにしていきたい

新卒で住友商事に入社後、ソフトバンクに転職されています。なぜIT業界に転身しようと考えたのですか。

 入社して3年後くらいにMBA留学のために渡米し、投資銀行でサマージョブを経験させてもらったのですが、その銀行は当時の日本企業では考えられない実力主義の風土でした。その時に自分のキャリア観が変わり、こういう世界で働きたいと強く思ったんです。住友商事での仕事もやりがいがありましたが、大学時代の先輩から創業初期のソフトバンクに誘われ、1992年に転職。ITに興味があったというより、面談で孫正義さんが情熱的にビジョンを語ってくださり、そこに惹かれたというのが大きいです。


米国シリコングラフィックス社にジョインしてからはシリコンバレーに10年住み、1社目の起業も経験されました。

 シリコングラフィックス社が残念ながら衰退し、同僚がどんどん辞めて起業や転職をし始めたタイミングで、私も乗り遅れまいとネットベンチャーの設立に向けて準備をしていました。でもそこでネットバブルが崩壊し、やむなく業態転換。当時シリコンバレーではアメリカ国内からグローバルへ目が向けられ始めていたので、アメリカのスタートアップのグローバル化に向けて、日本企業との提携やライセンシングのサポートをするコンサル会社を立ち上げました。

2社目の起業は2006年の帰国後。シリコンバレーで一緒だった大企業コンサルタントの方に「シリコンバレーでの学びを日本で実践してみたら?」とアドバイスをもらい、帰国して高価格商品に特化したアフィリエイトマーケティング会社を設立しました。日米のVCに投資いただき立ち上がりも早かったのですが、その後のリーマンショックで投資がストップしてしまい、2009年に事業譲渡。ご縁があって日本マイクロソフトに入社し、2012年にはグーグルに入社したという流れです。


Beatrust
は原様にとって3社目の、59歳での起業。そのモチベーションの源は何だったのでしょう。

 IT業界で30年にわたりキャリアを積んできて、やりたいことをやり尽くした感はありました。でも事業の構想を思いついた時、すごくワクワクしたんです。「自分が一番ワクワクすることをしたい」という想いが私の根底にはあるので、迷いはなかったですね。

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最後に、原様が起業家として目指すビジョンをお聞かせください。

 弊社のビジョンは「誰もが最高の自分を実現できる世界をつくること」。「個」を応援するプラットフォームにしていきたいという想いが根底にあります。まずは企業の中の「個」を活性化させ、イノベーションに貢献する。次に、企業同士の「個」を結びつけ、企業の垣根を越えたコラボレーションが生まれる土台をつくる。最終的には、個人が世界中の人と繋がり、プロジェクトに参加したり自身の経験を磨いたり、ワクワクする体験ができるようなインフラをつくる。アメリカはすでに大量退職時代と言われていますが、日本ももしかしたらこの先510年で会社という概念がなくなり、「個」の力の時代が到来するかもしれません。

昔「大和」と称された日本は、元々はハーモニーやコラボレーションを大切にする国。組織になった途端その中でカルチャーが生まれ、忖度等が始まってしまうので、そこをいかにブレークスルーするかが鍵です。人が活きなければ会社も伸びない。それは日本だけでなく海外の企業も同じですので、世界の誰もが「個」を活かせる環境を私たちの手でつくっていけたらと思っています。


担当者:藤井淳史 からのコメント

JAFCO藤井.jpgこれまでの日本企業は長い間、上意下達、ライン組織とも言われる仕組みを採用し続けてきました。それがコロナ禍や働き方改革をきっかけに、個人の力を発揮していく世界観に変わり始めています。Beatrustはまさに、個人同士が繋がって新しい価値を生み出していくことを支援されています。従来のタレントマネジメントシステムは人事や管理職が社員を検索する目的で開発されたものが多いですが、同社のプラットフォーム『Beatrust』で行えるのは社員同士の「タレントコラボレーション」。先ほど、原さんは「日本は元々ハーモニーやコラボレーションを大切にする国」と仰っていましたが、『Beatrust』を通じて日本が得意とする部分の価値を最大化し、数々のイノベーションを実現していかれることを期待しています。